コクヨデザインアワード2023
最終審査レポート
さまざまな違いを受けいれ前へ進もう。
ポジティブな可能性にあふれる作品が受賞。
2023年3月18日、コクヨデザインアワード2023の最終審査が行われ、グランプリ1点、優秀賞2点が決定しました。国内外から1,023点(国内515点、海外508点)の応募があり、大学生の王尾仁思(おうび・ひとし)さんによる作品「Sahara」がグランプリに輝きました。
20回目を迎えたコクヨデザインアワード2023。今回のテーマ「embrace」は、日本語で「包容する、抱きかかえる」といった意味をもちますが、特に欧米ではさまざまな差別や格差、多様性を「寛容に受けとめる」といった時にも使われるそうです。日本では馴染みの薄い言葉ですが、デザインのアワードとして新しい価値観を発信し、人間だけではなく地球環境も含めて大きな課題に取り組んでいこう、というメッセージを込めました。
グランプリは現役大学生による作品
3月18日に行われた最終審査では、世界的なパンデミックを経て3年ぶりにすべてのファイナリストが会場でプレゼンテーションを行いました。プレゼンテーションと質疑応答のようすはオンラインで中継され、その後別室で審議を行い、審査員による投票で受賞作品を決定。その結果、グランプリは大学生の王尾仁思(おうび・ひとし)さんによる作品「Sahara」が受賞しました。
「Sahara」は仕切りのない絵画用パレットで、砂漠のような起伏によって絵具の色が混じり合う楽しさや驚きを与えてくれる作品です。王尾さんは「頭のなかで完成したイメージに近づけるためではなく、手を動かしながら発想を広げていくための道具。パレットを広大な砂漠に見立てるアイデアは、サン・テグジュペリの『星の王子さま』から着想を得ました」と説明します。プレゼンテーションでは、アニメーションを使った動画で詩的な世界観を伝え、実際に子どもたちがこのパレットで絵を描く様子も紹介。審査員もプロトタイプを使ってみて、色どうしが混ざって思わぬ新しい色が生まれる楽しさを体感しました。
最終審査でのプレゼン動画。アニメーションで新しい色彩と出会う世界観を伝えた
審議では、「アイデア、プロトタイプともにレベルが高い」「詩的なストーリー性があり、使ってみたいと思わせる」「世界の彩られ方が変わる。ポジティブな未来を予感させる」などと高く評価されました。王尾さんは「光栄です。デザイン経験が浅くてもグランプリを受賞できたことがうれしい。これからも健やかにものづくりをしていきたい」と笑顔で語りました。
受賞の喜びを語る王尾仁思さん。「(受賞するとは思わず)クマのパーカーを着てきてしまった」と会場の笑いを誘った
優秀賞は2作品
続く優秀賞は「落ち葉を模した色鉛筆」(吉田 峻晟さん)、「EMBRACE NOTE」(Guo Chenkaiさん)の2作品に決定しました。通常は3作品が選ばれますが、審議の結果、今回は「3作品目の該当はなし」という結果になりました。
「落ち葉を模した色鉛筆」は、タイトルの通り、落ち葉のような形に顔料を固めた画材です。作者の吉田峻晟(よしだ・しゅんせい)さんは身の回りが「散らかっている」状態について考察し、「落ち葉が地面に散らばっているようすが『美しい』とすれば、使わない時もそのようなたたずまいのプロダクトを作ろう」と発想。ささやかな日常に向けられた新鮮なまなざしや、作品の視覚的な美しさが評価されました。審議では、最終審査で披露されたプロトタイプと一次審査での提案とのギャップが焦点となりました。細い部分の破損のしやすさなどの課題もあがりましたが、議論を重ねるなかで手にした際のフィットする感覚などを評価する声も高まり受賞につながりました。
吉田峻晟さん。最終プレゼンの質疑応答で真摯に回答する姿に審査員から好感が寄せられた
「EMBRACE NOTE」は、中国のGuo Chenkai(カク・シンガイ)さんによるノートの作品です。ページの罫線がグラデーショナルに消えながら白無地になっていくことで、使い手のロジカルな思考と直感的な感受性がゆるやかに融合するような「新しい書き方」を提案。
Guoさんは「罫線と無地は、海と砂浜のあいだにある波打ち際のような関係」と表現し、審査員の興味を引きました。審議では「グラデーションが思考の変化を働きかける」「シリーズ展開の可能性がある」など、ノートが提供する新しい価値に期待が寄せられました。
Guo Chenkaiさん。ミニマルで静謐なコンセプトに、審査員から「日本的な感性を感じる」との声もあがった
また、受賞には至りませんでしたが、「文具な化粧品」(岩佐真吾さん・田中敦さん)は性別を超えて化粧を身近なものにするという視点が、今回のテーマ「embrace」を具現化した作品として高く評価する声があがりました。世界的な問題になっている海洋プラスチックゴミを顔料にして、未来を創造するための画材にする「海洋ゴミのクレヨン」(ユルラカ / 八木薫郎さん、深沢夏菜さん)の提案も、コンセプトの秀逸さに評価が集まる一方、プロダクトとしての実現性について審査員の議論は白熱しました。
左:「文具な化粧品」(岩佐真吾さん・田中敦さん) 右:「海洋ゴミのクレヨン」(ユルラカ / 八木薫郎さん、深沢夏菜さん)
視聴者が投票するオーディエンス賞には、インドからの応募作「Know more」(Quolt Design / Aditya Dilip Kulkarniさん, Pohit Bishtさん, Vishnu Raj Azhikodanさん)が選ばれました。絶滅危惧種や環境破壊といった地球規模の問題についてのコンテンツを商品のパッケージデザインとして展開し、消費者に関心をもってもらおう、というねらいです。コクヨ社長の黒田英邦は「当社でも商品パッケージについては課題意識をもって取り組もうしているところ。それをグローバルな観点で提起してくれたことがうれしい」とコメントしました。
Quolt Designのメンバーは、「日本でアイデアを発表できたことがうれしい。これを実現するために次のステップを考えていきたい」とコメントした
アワード20年の節目
審査発表と授賞式の後には、木田隆子さん(雑誌『エル・デコ』ブランドディレクター)をモデレーターに迎えて、審査員によるトークショーが行われ、6名の審査員がテーマ「embrace」とファイナリストついて振り返り、審査の感想を語り合いました。「さまざまな包容力や受けとめる力をポジティブな切り口で見せてもらった」(川村さん)、「人間だけではなく地球も含めてどう考えていくか。デザインの可能性と役割を再認識する機会になった」(田根さん)、「日常の小さな変化や心の動きに着目していくという、コクヨデザインアワードならではの『embrace』のかたちができたのではないか」(田村さん)、「一次審査から最終審査まで作品がブラッシュアップしていく過程で、多様な視点から審査することができ楽しかった」(柳原さん)、「20回という節目に、プロダクトデザインのアワードとして“モノの力で人の心を動かす”作品が選ばれてよかった」(吉泉さん)
最後に、主催者として1年間のプロセスを見守ってきたコクヨ社長の黒田が次のように語り、コクヨデザインアワード2023を締めくくりました。「無事に20回目を終えることができて今はホッとしています。この20年、メーカーとして同アワードを主催しながら世の中にとってデザインがどう役に立つのかを試行錯誤してきました。近年は海外からの応募が増え、デザインの領域も広がってきています。次の21回目以降も同アワードを通じて、デザインの力で世界をよりよくするための取り組みを続けていきます」。