受賞者インタビュー

Emilie & Joseph(Emilie-Marie Gioanni、Joseph Chataigner)
「Flow of Thoughts」

2022グランプリ

コクヨデザインアワード2022において、応募総数1,031件の中からみごとグランプリに輝いたEmilie & Joseph。フランス出身のデザイナーであるふたりは中国やギリシャを経て、現在はカナダを拠点に活動しています。未知の文化圏に身を置いて新しい生活様式を模索する中で、今回のテーマ「UNLEARNING」に強く共感した、というふたり。応募のきっかけから受賞までのプロセス、受賞後の変化について聞きました。

さまざまな国でデザインを探求している

――  普段はどのようなデザイン領域の仕事をしているのでしょうか。

Emilie:ふたりとも工業デザイナーとしてのキャリアを始めましたが、私は現在、グラフィックデザイナーとしてコンサルティング業務に従事しています。例えばクライアントが何かのストーリーを語りたいという時に、適切なイメージを作るにはどうしたらよいかをアドバイスしています。

Joseph:僕も工業デザインを経て、現在はUXデザインの仕事をしています。具体的には、暗号通貨のUXに取り組んでいます。

Emilie & Joseph (左:Emilie-Marie Gioanni 右:Joseph Chataigner)

――  おふたりとも仕事の関係でカナダに移ったのでしょうか。

Joseph:仕事というよりも、僕ら自身がデザイナーとして新しい文化に触れ、探求するためです。これまでにも中国やギリシャで生活しながら、デザイン活動をしてきました。

Emilie:カナダを選んだのは、気候や地理、文化などの面でさまざまなコントラストのある国だから。また働く機会もたくさんあります。フランスでは一人前として仕事を任されるまでに長い時間がかかりますが、カナダでは、若い人に責任あるポジションに就かせて育てるという土壌があります。

感情に訴えるデザインの力を試したい

――  コクヨデザインアワードに応募したきっかけを教えてください。

Joseph:実は今回、自分たちにとって初めてのコンペの参加で、またデュオとしても初めての協働となりました。応募した理由は、テーマ「UNLEARNING」が人の感情に踏み込むような内容で、興味をもったからです。僕らは、あまりにも産業的や工業的なデザインではなく、感情という側面に重きをおいたデザインをやりたいと思っていたので。

Emilie:特にコロナ禍以降、人々はモノに対する意味を探しているように感じます。私たちデザイナーが何かを作る時、ユーザーに対して、その人にとって有用な意味を与えたり、支援する必要があります。そうした意味でも、感情に訴えるもの、センシティブなデザインというものが、重視されていると思います。

――  海外ではほかにもデザインのコンペはあると思いますが、なぜコクヨデザインアワードを選んだのでしょう。

Emilie:ほかのコンペに比べて、コクヨデザインアワードはとても自由な印象がありました。テーマがひとことだけあって、あとは応募者の想像に任せる。とても詩的で、デザイナーに開かれていると思いました。それと、私たちはいつか日本で仕事がしたいと思っているので、日本のコンペであるということも大きかったです。

――  日本文化にも興味があるのですね。

Emilie:まだ訪れたことはありませんが、幼い頃から日本のポップカルチャーに触れてきたので親しみを感じてきました。文房具もなじみあるプロダクトですし、コンペを通じてどちらも探求してみたいと思いました。

――  「UNLEARNING」というテーマをどのようにとらえたのでしょうか。

Joseph:応募要項が発表された時、私たちはアテネに移って新しい生活を始めるところでした。まさに、それまでのストレスの多い暮らしをアンラーニングし、穏やかで平和な環境を実体験していたので、このテーマはスッと入ってきましたね。

Emilie:一方で、「UNLEARNING」ということをあまり考えすぎないようにしたんです。考えすぎることや膨大なToDoリストをアンラーニングしよう、というわけです。 それは瞑想的な行為かもしれません。作品のタイトル「Flow of Thought」も瞑想のプロセスから来ています。瞑想する時、私たちは「無」に集中します。同じように、自分を空っぽにするということに集中するためのプロダクトを提案したいと考えました。

デザインとは議論を呼び起こすもの

――  1次審査のプレゼンシートではノートの紙面が真っ黒に塗りつぶされていましたが、最終審査のモデルでは背景がぐるぐると線を描いた、いたずら書きのように変化しました。

Joseph:はい。エコロジカルな意味でも、最終審査のモデルではすべての紙面をできるだけ使い切れるように最適化を図りました。

1次審査時のプレゼンテーションシート。この時点では紙面のほとんどが真っ黒に塗りつぶされていた

――  ノートのビジュアルはどのように開発したのでしょう。

Joseph:この着想を得た時、僕らはアテネの町にいて何も考えなくてよい状況を楽しんでいました。頭の中にノイズがない状況を、自分たちの習慣のひとつにしてはどうかと考えたのです。
いたずら書きのように見えている部分は、頭の中のノイズを表現しています。そして白い線の部分は、ユーザー自身が表現をする「行」にあたります。記憶しておきたいもの、その日のことなどをそこに書き留めておくのです。

Emilie:ぐるぐるとしたグラフィックは、手で描いたのではなくアドビイラストレーターを使っています。かなり長い時間をかけて描いたので、この作業自体が自分の頭の中を空っぽにしてくれました。

――  最終審査のプレゼンで工夫した点はありますか。

Joseph:動画によるプレゼンだったので、事前にしっかり準備できましたし、本番のプレッシャーもありませんでした。僕らはいつもの場所でいつもどおりにやっていたわけですが、最終審査はまるでテレビ番組のような建て付けで、進行もクオリティも高く、とても感銘を受けました。

最終審査会場に来場できないファイナリストとの公平を期すため、すべてのファイナリストは事前に撮影したプレゼンテーション映像でプレゼンを行なった

――  最終審査では審査員の意見が割れました。

Emilie:色んな議論があったことは知っていますし、全員を満足させることはできないとも思っています。特に、私たちの作品は非常に概念的で、決して分かりやすいものではありません。だからこそ皆さんのいろいろな反応やご意見を聞くのは、とても良い機会でした。

Joseph:デザインとは物議を醸すもの、それを見た人が何らかの反応を呼び起こすべきもの。誰もがこの事象を普遍的なものとして見ているわけではない、と問題提起することが役割ではないかと思うのです。僕らの作品がわからない、あるいは好きではない審査員がいるのは当たり前で、それでも皆さんから「興味がわく作品」と言っていただけたのはうれしかったですね。

Emilie:コンペの参加を通じて、さまざまな文化や価値観に対して話かけ、対話していくことが大事だとわかったので、この経験がデザイナーとしての礎にもなっていくのかなと思っています。

最終審査でプレゼンテーションや試作を入念に審査する審査員たち

おそれずに未知の冒険に飛び出そう

――  グランプリが決定した瞬間の気持ちは。

Joseph:すべてがオンラインで、日本語での進行ですし、フランスは早朝だったこともあり、すべてが夢のような感じで進んでいきました。自分たちのプレゼンが終わった後は放心状態でした。

Emilie:賞の発表で次々とほかの名前が呼ばれて、「ああ、参加できるだけでもよかった」と思っていたら、最後に私たちの名前が聞こえたので戸惑いました。呆然としたまま授賞式が終わり、パソコンを閉じたらいつものリビングの風景だけが残っていました。受賞したんだという実感がわいてくるのに、1週間くらいかかりましたね。

グランプリの受賞を伝えられた瞬間のふたり

――  グランプリ受賞を経て変化したことはありますか。

Emilie:一番大きな変化は、自信を得たことです。デザイナーとしてこうした大きな賞を受賞することができ、自分たちがクリエイティブであるということを証明できました。また、私たちがデュオとして協業できたのも大きかったです。性格も得意分野も違うふたりですが、バランスをとりながら一緒に作業できることが分かりました。

Joseph:今回の受賞をきっかけに、よりエモーショナルなデザインに踏み込んでやっていこうと決めたので、これから個々のキャリアにおいても変化があると思っています。

――  デュオとしてはどんな活動を展開していきますか。

Emilie:具体的にどう活動していくかはまだ分かりません。ただコンペというのは、これまでとは違うことを生み出すための良いレシピ、足がかりになるので、この先もデュオとして参加していきたいですね。

――  最後に、コクヨデザインアワード2023に応募したいと考えている人たちにメッセージをお願いします。

Emilie:まず、躊躇をしないこと。オープンマインドで臨み、いけるところまでどんどん突き進んでください。クレージーで、どこかバカバカしいくらい、深いところまで。それが自分自身のクリエイティビティを表現することになります。

Joseph:海外の応募者もぜひ普段の殻を破って、未知の冒険に飛び出してみたらどうでしょうか。新しい文化を探求することをおそれないでほしい。同時に、そこに自国の文化を織り交ぜていくことで、おもしろいものができるのではないかと思います。

――  ありがとうございました。

Emilie & Joseph (Emilie-Marie Gioanni, Joseph Chataigner)