受賞者インタビュー

川田敏之
「NEWRON」

2025グランプリ

コクヨデザインアワード2025において、応募総数1,448点の中からグランプリを獲得した「NEWRON」。表面にはゴツゴツとした凹凸があり、指先にインパクトのある刺激を与えるこの筆記具は、アイデアを引き出すための"触覚ツール"として設計されています。手にした人に心地よさを与えるのではなく、あえて"痛み"すら感じさせる極端な造形。そこにはどんな思いが込められているのか、受賞者の川田敏之さんにお話を聞いてきました。

形ではなく「感覚」からスタートするデザイン

コクヨデザインアワード2025でグランプリを受賞した川田敏之さん

――  普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか?

川田:企業の商品企画やブランディング、販促ツールの制作などに取り組んでいます。扱う製品のジャンルは多岐にわたり、金属、レザー、繊維、紙など、いわば素材に縛られないものづくりの現場にずっと携わってきました。

――  プロダクトデザインに関わるようになったきっかけは?

川田:学生時代は基礎造形を学んでいたので、素材や形に触れること自体には慣れていました。ですが、プロダクトデザインのノウハウや思考方法は、卒業後にグラフィックやブランドづくりの仕事をしていく中で身に付けていきました。自分のデザインのスタイルとしては、商品の造形から入るというよりも、ブランドが持つ背景やストーリーから入って、その感覚をプロダクトへと展開していくアプローチを得意としています。

――  コクヨデザインアワードへの応募のきっかけは何だったのでしょうか?

川田:じつは過去に4回チャレンジしていて、今回初の受賞となりました。毎年テーマは必ずチェックしていたのですが、なんでもエントリーするわけではなく、「自分のアプローチでテーマに沿ったアイデアが出せるか」を判断基準に応募を続けてきました。

触覚と文具を結ぶアプローチで生まれたアイデア

――  今回のテーマ「prototype」の第一印象は?

川田:普段の仕事でもプロトタイプは扱っているので、自分と親和性のあるテーマだなと感じました。また、"未完成"だからこそ自由な提案ができると思い、1次審査のプレゼンテーションシートの段階ではあえて余白を残すようにし、審査のプロセスの中で徐々に形を詰めていけるような提案を意識しました。そのため、プレゼンテーションシートも応募時と最終審査時でデザインを変えているんです。プロトタイプ(作品の造形)のプラッシュアップに伴い、見せ方もより適したデザインに変更しました。

――  では応募時と最終審査時のプレゼンテーションシート制作で意識したことをそれぞれ教えてください。

川田:応募時は、審査員の方がご覧になった際、ほんのわずかな時間でも作品のイメージをつかんでもらえるよう、極力少ない情報で構成することを意識しました。また、今回のテーマが「prototype」であったため、作品の見せ方もできるだけシンプルで分かりやすくなるよう注力しました。
最終審査時では、応募時に意図的に情報量を抑えていたため、より詳細な内容や補足情報を盛り込み、完成度を伝えやすい構成にしました。

プレゼンテーションシート(応募時)

プレゼンテーションシート(最終審査時)

川田さんのプレゼンテーションシート(左:応募時 右:最終審査時)

――  プレゼンテーションシート制作で、次回応募者にアドバイスがあればぜひお願いします。

川田:応募時はシンプルで分かりやすい構成を心がけ、最終審査では伝えたい内容をより具体的に盛り込むことを意識しました。そのため、段階ごとに見せ方を工夫してみると良いと思います。

――  今回は最終的に筆記具という形に落とし込まれていますが、早い段階から決めていたのでしょうか?

川田:明確に決めていたわけではありません。ただ、"触覚"という五感のひとつを軸にしたアプローチは最初から決めていて、そこに自分の実験的なプロダクト制作の延長が重なった結果、筆記具にたどり着きました。ペンというアイテムは誰もが触れる身近な存在ですが、あえてその快適性や手馴染みの良さに抗うような"刺激"を与えることで、逆説的に創造性を引き出せるのではと考えました。

――  一般的な日用品に求められがちな快適性を否定するようなアプローチは、かなり挑戦的ですね。

川田:そうですね。今の文具市場は、"書きやすさ"や"持ちやすさ"といった快適性の追求がひとつの常識になっていると思います。ですが、ときに"違和感"や"刺激"が創造性を引き出すきっかけになることもあると思うんです。例えばツボ押しでも、ちょっとした刺激が集中力を生むこともありますよね。今回の「NEWRON」は、そういった"触覚の違和感"が思考のスイッチになることを狙ったプロダクトです。アイデアが煮詰まったときに、このペンを手に取って触覚から意識を切り替える。そんな使い方も想定しています。形状や素材も、「ちょっと痛い」くらいの強さを目指して、何度も検証しました。

――  そもそも触覚などの五感にこだわるようになった背景には、どのような思いが込められているのでしょうか?

川田:学生時代に通っていたデザインスクールのカリキュラムで、五感など身体的なアプローチを取り入れた基礎造形の授業があったんです。例えば、あえて思い通りにならない道具を使って作画を行ったり、視覚には頼らず手の感覚のみで形を生み出すような演習など、今回の制作では、それらの経験が活きたと思っています。

――  ファイナリストに選ばれたときの心境は?

川田:嬉しかったのはもちろんですが、それ以上に「この作品の価値がちゃんと伝わったんだ」という安心感が大きかったですね。自分にとってはかなり実験的な提案だったので、その挑戦が評価されたのは「自分のやってきたことは間違いではなかったんだ」と認められた気持ちになりました。

心地よさではなく"刺激"を生み出す素材と造形を追求

――  模型制作はどのようなプロセスで進めていったのでしょうか?

川田:たまたま制作期間中に3Dプリンター関連の展示会が開催されていたので、複数の出展社に相談しました。ただ、造形が複雑だったことや硬度にこだわりがあったこともあり、ほとんどの企業から断られてしまって......。最終的には、日頃お世話になっている会社さんで対応していただけることになり、素材や造形の検討を一気に進めていきました。

――  硬さにこだわりがあったとのことですが、素材はどのように決めていったのでしょうか?

川田:最初は石膏に近い質感のものや樹脂など、いくつかの選択肢を検討しました、ですが目指していた"強い刺激"には及ばず、最終的にはセラミック系の素材に行き着きました。柔らかい素材も試したのですが、どうしても気持ちよさに寄ってしまい、今回の作品の意図とはズレてしまうと判断しました。

――  最終審査のプレゼンテーションではどのような工夫を?

川田:当初は「あえて多くは語らず、使用シーンの動画だけで伝えたい」と思っていました。ですがテーマの性質上、言葉による説明も必要だと判断し、前半は商品の概要を言葉で伝え、後半は動画で使用している様子を静かに見せる。そんな構成にしました。緊張もありましたが、一番伝わる方法を自分なりに模索して臨みました。

川田さんのプレゼンテーションの様子

――  グランプリ発表の瞬間はいかがでしたか?

川田:嬉しかったのと同時に、張り詰めていた緊張が一気に抜けた感覚がありました。ファイナリストに選ばれた段階でも「これが最後のチャンスかもしれない」と思っていたので、仕事以外の時間はほとんど制作とプレゼン準備に使いましたし、動画もギリギリまで粘りました。プレッシャーもありましたが、後悔のないようにやり切れたと思っています。

コクヨデザインアワードは「希望があるデザイン」を信じられた場

――  コクヨデザインアワードを振り返って、改めてどんな場だったと感じますか?

川田:今回の受賞を通じて、改めて「デザインには希望がある」と実感することができました。心地よさや商品としての売りやすさだけではなく、あえて"逆の発想"も受け入れてくれる懐の深さ。それがこのアワードにはあると感じています。だからこそ自由に表現ができたし、自分の実験的な提案も評価していただけたのだと思います。

――  川田さんにとって、良いデザインとは?

川田:難しい質問ですが、私は「希望を見出せるデザイン」だと考えています。売上や市場性ももちろん大事ですが、それだけを追いかけていたら今回のようなアイデアは生まれませんでした。ほんの少しでもいいから、誰かにとって未来への期待や可能性を感じさせる。それが良いデザインにつながるのかなと思っています。

川田さんは「これからもデザインの仕事を通して、誰かの手助けになるようなものや場所を作っていきたい」と話してくれました。

――  今後の目標や挑戦したいことを教えてください。

川田:ありがたいことに今、いくつかのクライアントと商品企画やブランド開発の仕事をしています。大きな夢を掲げるというよりは、まずは目の前の一つひとつの仕事に真摯に向き合っていきたいですね。私にとってデザインのインプットやアウトプットは、日々の生活に溶け込んだ"日常"であり、生活の中心にあるものです。これからも「デザインが好き」という気持ちに正直に、誠実にものづくりを続けていきたいです。

――  最後に、コクヨデザインアワードへの応募を考えている方にメッセージをお願いします。

川田:私が今回大事にしていたのは、「いい意味でバカになること」でした。型にとらわれず、常識を疑ってみる。バカなふりをして飛び込んでみる。そんな姿勢を受け入れてくれるのが、コクヨデザインアワードだと思います。自分の中にある"違和感"を信じて、失敗を恐れずにぜひ挑戦してみてください!