コクヨデザインアワード2016

コクヨデザインアワード2016 最終審査レポート

「素材としての文房具」(AATISMO)がグランプリに選ばれた理由


11月30日、コクヨデザインアワード2016の受賞者が発表されました。世界44カ国から集まった1,307点(国内:929点、海外:378点)の中から10点が一次審査を通過。最終審査では、審査員を前に作者によるプレゼンと質疑応答を実施。審査員の投票によって、グランプリ1点と優秀賞3点を決定しました。

今年のテーマは「HOW TO LIVE」。モノがあふれている現代において、自分の人生や暮らしにとって本当に必要なものは何なのか。そもそも私たちはどのように生き、暮らすのかという大きな問いかけをしました。

「私たちは文房具、オフィス家具を中心に事業を展開しています。昨今、働き方がダイナミックに変化しており、働き方と生き方は今後いっそう強く結びついていく。こうした中、コクヨデザインアワードとしては昨年のテーマである『美しい暮らし』をさらに広げ、日々の生活や生き方まで含めたデザインのアイデアを求めたいと考えたのです」(コクヨ株式会社 代表取締役社長執行役員 黒田英邦)。

2002年から14回目となる今回、このテーマを設定したことは当アワードにとっても大きなチャレンジで、どのような作品が集まるか不安があったことも事実です。しかしこの難しいテーマに真摯に向き合ってくださった応募者の皆さんからは、新しい生き方や暮らし方を見据えた意欲的な作品が寄せられました。


道具を素材に戻してみる


今年のグランプリを受賞した「素材としての文房具」は、鉛筆、消しゴム、定規を長い棒状にしたものです。ホームセンターなどで販売されている流通材のように、ユーザーの好みの長さにカットして自由な使い方を許容する、まさに「素材」としての文房具の新しい可能性を問いかけています。

最終審査のプレゼンテーションで、作者の1人である海老塚啓太さんはコンセプトについてこう語りました。「今回のテーマに対して、私たちは道具と素材、そして人間の関係を見直してみました。もともと、地面に落ちていた木の枝を拾ってその場に絵を描いてみたというのが道具・文房具のはじまり。その辺にあるものの中から自分が必要とするものを選び、時には手を加えて使ってきた。すなわち、人間は素材から道具をつくりだしてきたのです。今回、私たちが提案するのは、道具を素材に戻してみるということ。決して昔に戻ろうということではなく、身の回りにモノがたくさんある時代だからこそ、道具・文房具をレディメードの素材として眺めることで新しい観点が生まれるかもしれない。そのきっかけになればいいなと思いました」(海老塚さん)。



鉛筆は直径8ミリで長さ90センチ。使いたい長さに切ることができますが、「個人的には短く切って握り込むようにスケッチをしたい」と作者の1人である中森大樹さんは言います。「あるいはアンリ・マティスのように長いまま持ってスケッチをしてもいい。木ですから削って握りやすくしたり、自分の刻印を入れたり色をつけたりすることもできます」(中森さん)。消しゴムは1辺12ミリの正方形の断面で、必要な時にちぎって使うことができます。「ほかにも、斜めに切って細かい部分を消すのに用いたり、机の上に転がっているピンを刺しておいても。簡単に切ることができて、角が立っているので、建築模型やスタディにも使えるかもしれません」(中森さん)。そして定規は1辺15ミリの正三角形の断面で、アルミ製です。「1つの面に目盛りが刻まれていますが、別の面には自分で目盛りを刻んで独自の定規をつくってもいい。縦方向に切り込みを入れてカードホルダーとして使うこともできます」と中森さん。ちなみに海老塚さんは、短くカットした定規の中央に穴をあけて紐を通し、「測れるアクセサリー」として身につけていました。

ホームセンターの店頭で販売する時には、カットサービスの利用や、長さを数種類展開することを想定しています。カットしたものは紙管に入れてデスクの近くなどに保管しておきます。二人は、「今挙げた使い方はほんの一例。これは素材ですから、ユーザーの数だけさまざまな用途が考えられる。それがこの作品の特徴です」とプレゼンテーションを締めくくりました。


「HOW TO LIVE」の問いかけにふさわしい答え


その後、審査員との質疑応答で寄せられたのは、「既存の鉛筆と同じつくり方でできるのか」「長くても芯が折れないものが可能なのか」といった具体的な製造方法に関する質問でした。一方で、「世の中がなんでも便利になっていく反面、ワンアクションの必要な、こうした不便なものって想像力が湧いてくるからいいですね。使い方や使う人によってはすごく便利になるんじゃないかな」(植原亮輔さん)「発想次第で賢く使うこともできるし、意外と子どもが純粋に喜ぶかもしれませんね。こんな長い鉛筆や消しゴムを見たことがないだろうから」(田川欣哉さん)といった、作品がもつ可能性に期待する積極的な意見が相次ぎました。


各審査員の講評


「完成品ではなく、加工して使う文房具という飛び抜けたメッセージが斬新だった。丸三角四角、鉛筆消しゴム定規、といった基本を押さえながら、その先に何があるか。その問いかけ自体が作品として成立している」(鈴木康広さん/アーティスト)


「コンセプトや道具に対する考察が鋭く、かっこいい。素材をとらえ直す風潮があると思うが、それがうまくプロダクトに落とし込まれ、モノがあふれる社会に対する回答にもなっている。審査中には製造方法に関する疑問があったが、それを凌ぐほど内容がよかった」(佐藤可士和さん/SAMURAI代表、アートディレクター・クリエイティブディレクター)

「世の中なんでも便利になっていく反面、こうした一見不便なものは想像力が湧く。文房具としては成立し辛いかもしれないが、現代のモノづくりとは真逆な提案が、モノを生み出そうとしている人々に何か“気づき”を与えてくれる結果になればと思う」(植原亮輔さん/KIGI代表、アートディレクター・クリエイティブディレクター)

「こうきたか!という驚きが最初にあった。すごく売れる、というものではないかもしれないが、発想と視点の持って行き方が群を抜いている。どうやって切る?どうやって製造する?といった疑問を超えて、とにかく考え方の新しさがグランプリにふさわしい」(渡邉良重さん/KIGI、アートディレクター・デザイナー)

「「HOW TO LIVE」というテーマを考えやすく鮮明化し、ユーザーに対して「どう使いますか」と投げかけている。使う人の数だけ1,000通り、1万通りにも答えが拡張していく。ある意味メディア的な、波及能力のある作品」(田川欣哉さん/takram design engineering代表、デザインエンジニア)



プレゼン終了後の審議では、審査員による投票を実施しました。開始からわずか10分足らずで、全員の票を得て本作品「素材としての文房具」がグランプリに決定したのです。各審査員とも作品の「考え方」を高く評価し、「今回のテーマに対する答えとして最もふさわしい」と判断しました。審議の際に審査員が悩んだり激しく議論する様子は見られず、例年になく大変スムーズに決まったグランプリ作品。作者の2人も「作品自体が問いかけになっているなど、審査員の方に仰っていただいて新たに気づいたことも多かったです」(中森さん)「普段こんなに褒められることがないので嬉しい。ずっと2人で話し合ってきたコンセプトだったので受け止めてもらえてよかったです」(海老塚さん)と授賞式で喜びを語りました。


受賞の喜びを語るAATISMOの中森大樹さん(左)、海老塚啓太さん(右)