コクヨデザインアワード2025
レポート
多様なアプローチで
時代を進めていく作品が受賞
コクヨデザインアワードは、才能あるデザイナーの応援と共創を目的とするプロダクトデザインの国際コンペティションです。22回目を数える今回のテーマは「prototype」(プロトタイプ)。2024年7月26日から10月9日までの応募期間に、世界56ヵ国から1,448点(国内716点、海外732点)の作品が寄せられました。3月15日、コクヨデザインアワード2025の最終審査が行われ、グランプリ1点、優秀賞3点が決定しました。

当日は、二次審査を通過した9組のファイナリストが、東京品川オフィスに集まりプレゼンテーションを行いました。テーマの「prototype」とは、一般的に試作品や試作モデルと訳しますが、このコンペにおいては、次につながる可能性をもつアイデアの原型をデザインすることととらえ、次の未来を指し示し、呼び水となるようなデザインを求めていると表明していました。ファイナリストはこの難しいテーマに多様なアプローチで挑み、検証を重ねた、完成度の高い作品が集まりました。しかし、本質を求めていくような深いテーマでもあったため、審査は例年以上に難航しました。
グランプリは、触覚から発したデザイン
ファイナリストによるプレゼンテーションでの質疑を終え審議が始まると、審査員それぞれがこのコンペで評価すべき「prototype」とは何か意見を交わし、各作品をどう評価するかを論じます。時には作者を代弁するかのように作品の魅力を熱く語る場面もありました。「これは細部までの完成度が高い」、「こちらも検証された数は相当なはず」、「この作品には課題を受け止めようとする豊かさを感じる」など、白熱した最終審議となりました。最後に投票により、受賞作品が決定しました。グランプリを受賞したのは川田敏之さんの「NEWRON」でした。
グランプリ作品「NEWRON」
人間の指先には多くの神経が集中しており、指先を刺激すると脳の働きが活性化されます。アイデアを生み出すことをサポートするために、12種のグリップ部分にさまざまな形状の突起を施しました。3Dプリンターでの無数の検証を経て、エッジが立つよう硬いセラミック素材を採用。ペンと呼ぶには異質なため、当初は「美しいとは思えない」「素材などに検討の余地がある」といった厳しい声も。一方、実際に使った審査員は、触ると突起の刺激を実感でき、印象が一変すると指摘します。そこから、神経を起点に触覚から見出した形状という、新しいアプローチが見えてきました。「いかに目に騙されているか。深海魚のようなもの。深海魚には合理性がある」と議論は白熱。やがて新しい何かを生む、未来への可能性を感じると意見はまとまり、グランプリに決定しました。川田さんは受賞後に「触覚や脳が刺激されているかに重きを置き、そこからの美しい造形を目指した。使ううちにペンが動く心地よさを評価されたのはうれしかった」とコメント。今後、どう合理性を深掘りしていけるか、さまざまな余地があるだけに、期待は高まります。
グランプリを受賞した川田敏之さん
優秀賞3作品
優秀賞は以下の3点に決定しました。
優秀賞「スピニング」
本に付属する紐(スピン)で、自由な"何か"を提案したのが一條遙貴さんの「スピニング」です。製品化は困難な提案で、議論は難航しました。「課題解決に向かうこれまでのデザインのフォーマットを崩そうという試みではないか」。「あったらうれしい、そういう目線も本来はデザインが大切にしていたことのはず」と、けんけんごうごう。最終的に本アワードならではの作品であると、優秀賞に選出されました。一條遙貴さんはNEW GENERATION賞も受賞しています。
優秀賞を受賞した一條遙貴さん
優秀賞「KAKONET」
マグネットのかぎかっこで強調することで、情報に感情を与えたのが松村佳宙さんの「KAKONET」です。コミュニケーションをデザインする純粋な視点と、作者の人柄がにじみ出たプレゼンテーションが審査員の心を動かします。一方で、かぎかっこの形状に検討の余地があるとの指摘もありました。松村さんも「形やサイズ感、質感は迷いました」と振り返りました。マグネットというアイテムにとどまらず、誰かが誰かのために何かをセットするという可能性が広がる作品でした。
優秀賞を受賞した松村佳宙さん
優秀賞「秘密」
日記帳の横線を中心に向かって収束させるだけで、これまでにない思いが沸き立つ文具となることを示したのがweiweichen(ウェイウェイチェン)の「秘密」です。Gaowei Liu(リュウ ガオウェイ)さんとCheng Chen(チェン チェン)さんは、心の柔らかい部分をデザインのテーマにしたと語ります。大きさや線の違いなど、かなりの数の検証を重ねたのが見てわかり、その完成度の高さからグランプリ作品と最後まで競い合いました。気持ちに寄り添った作品です。
優秀賞を受賞したweiweichenのGaowei Liuさん、Cheng Chenさん
そのほか、ファイナリストの作品も力作が揃っていました。2年連続ファイナリストの山田泰之さんの「Universal sticker」には、「ユニバーサルなギャップだけでなく、もっと可能性がありそう」。HASNICCA(小久保駿也さん、中平勁士郎さん、武富龍之介さん)の「Campus Cardboardpad」には、「新しいクラフトの提案として画期的だが、まだデザインの余地がある」。岩﨑由紀子さん、松岡諒さんの「マテリアルタグパンチ」には、「人の感情に訴える美しい提案。ただ集める行為に少し無理がある」。いずれも優れたデザインでありながら、惜しくも優秀賞に届かなかった点も語られました。
コクヨデザインアワード22回目の総括
結果発表と授賞式の後には、オンライン参加の2名を含む6名の審査員によるトークショーが行われました。「prototype」というテーマやファイナリストを振り返りながら、審査の感想を語り合いました。その様子はライブ配信されました。
キービジュアルも担当した木住野 彰悟さん(6D-K代表 / アートディレクター・グラフィックデザイナー)
「デザイナーに不可欠な『prototype』を問うことは、本質を考えること。優秀な作品ばかりで評価基準は揺れ、悩みながら議論した」(木住野さん)
田根 剛さん(Atelier Tsuyoshi Tane Architects 代表 / 建築家)
「モックアップもプレゼンも、みな、しっかり準備していた。未来を拓くような作品が見られ、審査員側も試される。時代を進めるためのコンペになっている」(田根さん)
田村 奈穂さん(デザイナー)
「個人的な思いや発想、独自性がありつつ、自己満足で終わらずに共感を促すものになっている作品が多かった。伝えるところまで含め、みな上手だった」(田村さん)
柳原 照弘さん(TERUHIRO YANAGIHARA STUDIO / クリエイティブディレクター・デザイナー)
「今回のテーマには、プロセスも未来も入っている。作品からその両方を汲み取り、膨らませ、考えながら審査した。一緒に考え、成長していける場所になっていると感じる」(柳原さん)
吉泉 聡さん(TAKT PROJECT 代表 / デザイナー)
「改めてテーマは重要で、参加者への大きな投げかけになっている。そのテーマでしか生まれえなかったデザインをどう考えるか。やり取りから何かを見出すコンペであり続けてほしい」(吉泉さん)
黒田 英邦(コクヨ株式会社 代表執行役社長)
最後に、主催者として1年間のプロセスを見守ってきたコクヨ社長の黒田は、コクヨデザインアワード2025を次のように語り、総括しました。「このアワードを主催しながら、世の中にとってデザインはどう役に立つのかを試行錯誤してきました。長く続けることで認知も高くなっていき、今回はすばらしい提案をするファイナリストの方々に集まっていただきました。難しいテーマでしたが、よかったのではないかと思っています。近年は海外からの応募が増え、デザインの領域も広がってきています。これからも、デザインの力で世界をよりよくするための取り組みを続けていきます。ありがとうござました」。
※審査員の肩書は審査当時のものを掲載しております。