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2023.8.1

審査員インタビュー

コクヨデザインアワードの審査員として新たにお迎えする、グラフィックデザイナー(アートディレクター)の木住野彰悟さん。パッケージデザインやVI、サイン計画など、平面や空間を問わず幅広い領域で活躍しています。今回、コクヨデザインアワード2024のビジュアルも担当する木住野さんに、テーマ「primitive」や応募作に対する期待について伺いました。

――  木住野さんがデザイナーになったきっかけを教えていただけますか。

大きな理由や志があったというよりは、知らないうちにやっていた感じです。デザインって答えのない世界で、とても難しいじゃないですか。たまたま選んだ職業でしたが、最初は「こんなにできないことがあるんだ」と悩みながら、上手くなるために必死でしたね。でもデザインに関わっている人ならわかると思うのですが、そこは、一度は通らないといけない。

――  どういったところに難しさを感じていたのでしょう。

例えば、ロゴやパッケージを作る時に、どこからがデザインで、どこからが情報なのか。その分岐点がわからないんですよ。初めて缶ビールのデザインを担当した時も難しさを痛感したものです。“ビールっぽい”情報をいくら並べてみても、雰囲気もないし、ほかの定番の缶ビールとも全然違う。いったい何が違うんだ、って自分なりに比較や分析をするわけです。いきなり作れるセンスがないなら、とりあえず細かいところから具体的にやっていこう、と。それで頭のなかに事例が100個くらい蓄積すると、ようやくひとつ作れるようになる。そんな風に、できないことをできるようになるために、ずっと地道にやってきた感じです。

――  そんな木住野さんにとってターニングポイントとなった仕事は。

サイン計画ですね。自分のアイデンティティとして、平面だけではなく、空間における情報デザインもやっているグラフィックデザイナーというのは大きいかなと。具体的にどこかの仕事というより、いくつかサイン計画のプロジェクトに取り組むなかで、空間にどう情報を配置したらいいか、あるいは素材や情報との兼ね合い、その感覚がつかめた時に自分の得意なことがわかったというか。「こういうことをやっていけばいいんだな」と思えたタイミングがあって、それがターニングポイントといえるかもしれません。

――  仕事のなかで意識していることはありますか。

VIやサイン計画って、プロジェクトの期間が長いんです。例えばブランドの全体リニューアルなら約2年、大規模な建設プロジェクトであれば5〜6年はかかります。サイン計画もプロジェクトの上流から建物の設計と並走して動くことが多くて、色んなことが起きるし、だいたい当初考えていたのとは違うものにならざるを得ない。そのなかでもいかにクオリティをキープするか、ということを意識していますね。アートディレクターというのはどこか“説得業”に近いところがあって。期間が長いほど、そこに関わる人間関係も含めて、メンバーのあいだに立って、話を聞きながら進めていくことがとても重要なんです。それは建築家もプロダクトデザイナーも同じではないかと。

KIRIN Home Tap VI計画
キリンによる会員限定の生ビール配送サービス「KIRIN Home Tap」のアートディレクションと、ラベルやパッケージなどのデザインを担当

my CLINIC サイン計画
埼玉県北本市にオープンした家庭医療を専門とするクリニック「my CLINIC」のロゴとサインを担当

imperfect パッケージデザイン
表参道ヒルズのウェルフードマーケット&カフェ「imperfect」のアートディレクション、パッケージ、サインのデザインを担当

テーマ「primitive」について

――  コクヨデザインアワードについてはどのように見ていましたか。

外から見ていて、これはプロダクトデザインのアワードだと理解はしつつ、いわゆる文具やオフィス家具のコンペではない、という雰囲気もありますよね。主催者が、さまざまな分野の事業を展開しているコクヨという会社だからそう見えるのかもしれません。色んな人が参加しやすいというか、「自分でも参加できるかもしれない」と思える幅の広さを感じます。
今回は初めて審査に参加するということもあり、他の審査員の方々がどういった基準で考え、賞を決めていくのかというところも、見ていきたいと思っています。

――  テーマ「primitive」については。

特にここ数年のコクヨデザインアワードにおいては、作品がテーマに沿っていることが重視されているように思います。審査員によるテーマ会議で、コクヨの方が「それを聞いたらなぜか作りたくなってしまうような言葉がいい」と仰っていたのがとても印象的でした。テーマ自体に、どこか奮い立たせられるような、「よし、やるぞ」と思える要素があるのは大切ですよね。
さまざまな議論を経て「primitive」というテーマに決まったわけですが、「あなたの本質とは何か」と問い正してくるようなところがあります。とても難易度が高いと思うし、応募者の皆さんにとっても、自分自身の内面に問いかけていく機会になるのではないでしょうか。

――  社会に問いかけるという側面もありますか。

そうですね。本質的だからこそ残り続ける、みたいなことも含まれるのではないかと。例えば、今は普通に身の回りに存在しているけれど、実はとても大切な本質をはらんでいるので、未来に残すべきもの。あるいは未来から見た時に、今ここにはないものを提案することかもしれません。色々な解釈ができるので、ぜひ皆さんのアイデアを見せていただきたいです。

木住野さんにとっての「primitive」

――  ご自身の仕事で「primitive」を意識することはありますか。

街中を歩いていて、いつも気になっちゃうものってあるじゃないですか。僕の場合だと「この素材の組み合わせが気になる」とか。見た時に気持ちが動いたものが具体的に何だったのか、その本質を考えて再現してみる。自分の感覚に対して「primitive」になるというか、それが僕のなかの「primitive」ですかね。
デザインの仕事を始めたばかりの頃は思うようにいかなくて、どうしたらできるようになるかを考え続けてきました。でもいくら考えを巡らせても、頭で理解することと感覚的に獲得することは違う。心の底から「いいな」と思うものを、うまく題材や条件に当てはめて再現できた時って、自分だけではなく周りの評価も良かったりするんですよね。感覚を理屈で分解してもう一度感覚に戻す、みたいな。それをテクニックや経験値、コミュニケーション力によって、「仕事」として置き換えているんだと思います。

――  「いいな」と思うものに出会うためにどうしたらいいでしょう。

デザイナーはみんなそうだと思うけれど、ずっと考えているかどうか、です。24時間、寝ても覚めてもいつでもそれについて考えているなかで、ようやく「これは」と思うものに出会える。でも考えようと意識しすぎると無理があるので、それを普通の状態にしておくということですね。

――  今回、コクヨデザインアワード 2024のビジュアルも担当されています。

まさに今、ずっとビジュアルのことを考えていて、頭がすっかり「primitive」なんです(笑)。実を言うと、僕がビジュアルを作ることは決まっていたので、このテーマに決まる時、少しだけ不安だったんですよ。ハードルが高いと思ったんです。なぜならテーマは「primitive」だけど、決してプリミティブ(原始、太古、未開)な提案を求めているわけではない。それをビジュアルで表現しようとすると、見る人に違和感を与えてしまうんです。「primitiveと文字が書いてあるのに、絵は違うじゃないか」と。かといって、皆さんが思うプリミティブな絵をそこに描いたら、応募者をミスリードしてしまう。難しくて、すごく悩みましたね。そこで全く方向性の異なる2案を提案することにしました。どちらに決まったのかは、この記事が公開される時には明らかになっていますね。

コクヨデザインアワード2024のビジュアル。ものごとの本質を見極める「目」は応募者への問いかけであると同時に、応募者自身の視点でもあるという

――  最後に、応募者へのメッセージをお願いします。

自分が本当に「いいな」と思ったもの、その考え方を今回のテーマ「primitive」に当てはめて出していただけたら。楽しみにしています。