商品化された作品

記憶のえんぴつ

〈2020 グランプリ〉

えんぴつに、前世があるとしたら。建物や家具の役目を終え、
捨てられるはずだった木材の新たな姿。
一本一本ちがう豊かな表情は、この木に刻まれた記憶の証です。
木目や日焼けの跡。質感や色合い、ほのかな香り。
そして、印字してあるわずかな情報と一緒に、いつか、どこかを心に描いてみてください。

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作品紹介ムービー:
https://youtu.be/wvnz2f3-FRE(YouTube)

応援販売支援サービス「Makuake」にて販売(2023年10月13日~12月7日)
※完売次第終了となります。

「記憶のえんぴつ」(神戸市古民家材)のストーリーはこちらから

高輪築堤材との出会い

前回の神戸市古民家材を使用した「記憶のえんぴつ(アワード受賞時名称「いつか、どこかで」)」第1弾の製品化を行った直後の2021年、作者のobake(友田菜月さん、三浦麻衣さん)のもとに、JR東日本に勤務し、コクヨデザインアワードでのグランプリ受賞を知る旧知の友人から一報が入りました。内容は、高輪ゲートウェイ駅周辺の再開発工事で、明治時代の鉄道を支えた高輪築堤を構成していた木材が発見されたというもの。鉛筆に加工できないか、という相談でした。

実際に発掘が進む現場を見に行った友田さん、長く海中に埋まった状態だった木材を目の当たりにして、「何か面白いことができそうな予感」を感じていたと言います。

作者 obakeの友田菜月さん

作者 obakeの友田菜月さん

一方の三浦さんは、「記憶のえんぴつ」第1弾の経験を振り返り、「多くの人に共感してもらえるストーリーを作ることの難しさ」を感じていました。そこに登場した「高輪築堤を支えていた木」というこれまでとはスケールの違う材料。「記憶のえんぴつ」への共感を深められる可能性を感じたと言います。

希少な木材が新たなチャレンジの背中を押す

友田さんが試作用の高輪築堤木材の一部を持ち込んだのは、コクヨデザインアワード最終審査用の作品模型を製作したメイカーズベース(東京都目黒区)。木工、金工、陶芸、縫製など、幅広い制作に必要な機械や道具200種類以上をそろえたシェア工房です。

主に木材加工を担う吉崎直人さんは、宮大工の出身。友田さんから持ち込まれた木材の表面を削ってみた時の驚きを鮮明に記憶しています。

「使われていた場所の情報、木目、質感から、胴木はクリの木、杭はマツの木であることはすぐ分かりました。表面を削ってみると、クリは落ち着いたグレーに、マツも他の木にはなかなかない落ち着いた白。150年近い年月を海水に埋まっていた木でなければ出せない風合いだと感じました」

メイカーズベースの吉崎直人さん

メイカーズベースの吉崎直人さん

木材に含まれる塩分濃度によっては機械を錆びさせる可能性もあり、また、埋め込まれた金属片などで怪我をする危険性もありました。しかし、それを上回る魅力があったと言います。

「記憶のえんぴつ」の基本コンセプトは、古材の表面の傷やスレなどを残す加工にありましたが、高輪築堤材については、半分朽ちている木材の表側は使えませんでした。とはいえ、芯に近い部分を鉛筆に加工する形で「木材の持つ記憶を継承」できると考え、製品化の可能性は十分にあると、試作品を作って友田さんに渡しました。

異例の再製品化へ

当時、コクヨ側でコクヨデザインアワードの製品化を一手にサポートしていた藤木もまた、試作品のえんぴつが醸し出す風合いに、一瞬にして心を奪われた一人。
高輪築堤が歌川広重の浮世絵にも書かれた歴史的遺産である、という史実も相まって、この木材が朽ちてしまう前に、後世に残したいという思いが一気に高まったと言います。

普通なら触れることのない木から作られたえんぴつを通じて、その木が歩んできた記憶に思いをはせるという「記憶のえんぴつ」のコンセプトと、高輪築堤の木材との相性の良さは誰の目にも明らかでした。

これまでならば、一度製品化を行った作品について、仕様を変えて再度製品化するということはありませんでしたが、「記憶のえんぴつ」については選ぶ材料によって価値が変動する初めての例。異例の取り組みではありましたが、コクヨが目指す若手デザイナーの活躍を応援するという目的にも合致していることから、製品化プロジェクトはスタートしました。

藤木武史(コクヨ/グローバルステーショナリー事業本部企画開発部/シニアデザイナー)

藤木武史(コクヨ/グローバルステーショナリー事業本部企画開発部/シニアデザイナー)

「記憶のえんぴつ」第1弾の製品化を通じて、生産上の課題を熟知していた藤木が生産委託先に選んだのはメイカーズベース。えんぴつに施す「刻印」を印刷するUVプリンタを含めて、一通りの機械がすべて揃っていることや、吉崎さんが作った試作品を見て、その腕と知識を見込んでのことでした。

ただし、この決断によって、原則、今回の「記憶のえんぴつ」は「すべて1本ずつ手作り」で作られることになり、すなわち価格の見直し、同時に価値の見直しが不可避であることを意味していました。

付加価値の作り方

メイカーズベースの代表 松田純平さんはコクヨからの制作依頼を初めて受けた時、「作るだけならできるかもしれないが、売ることは極めて難しい」と感じたと言います。

メイカーズベース 代表 松田純平さん

メイカーズベース 代表 松田純平さん

一本ずつ職人が手作りをするとなると、時間がかかり、必然的に一本当たりの価格は上がります。「『単なる古材のえんぴつ』を超える、『価値を共有できる売り方』をしない限りは成功しないのではないか。成功しないだろうと思いながら社員に工数をかけることはしたくない」。松田さんの真摯なアドバイスを受け、ただ作るだけではない、販売の方法についても、新たなチャレンジを模索することに。

どうしたら「単なるえんぴつ」を超える価値を伝えられるか。結果、選んだのはクラウドファンディング。製品が持つストーリーへの共感が購入を呼び込むという販売手法が、今回のプロジェクトにもマッチするという判断でした。

また、クラウドファンディングで訴求する価値の本質は「価値ある木材の新たな保管・共有方法」。地域の歴史、鉄道の歴史を手もとに保管できるアイテム。こうして「記憶のえんぴつ」のストーリー作りが徐々に進められていきました。

クオリティへのこだわり

鉛筆の製造を担う吉崎さんは「この小さい鉛筆の中に木材加工の粋が詰まっている」と言います。高い精度で同じものを作るには技術力が不可欠です。それが小さく、細いとなればさらのこと。例えば、芯を鉛筆の中央に正しく入れるための工夫、六角形をきれいに出すための工夫等、見つかった課題の一つひとつを、吉崎さんは専用の治具を一つずつ手作りするなどしてクリアしていきました。

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木材加工が着々と進む一方で、芯の品質にも課題が見つかります。
高輪築堤材は半神代化していて、普通の古材よりもさらに硬いことで、普通の鉛筆芯を使うと、えんぴつを削ろうとする過程でほぼ必ず、芯が折れてしまうのです。これに関しては、鉛筆製造を専門にされている会社に相談。同じ黒鉛を材料としながらも、従来の粘土の代わりに合成樹脂を用いて黒鉛粉末を焼き固めるポリマー芯(通常はシャープペンシルの芯で使われるもの)の調達に力を貸していただき、芯と鉛筆を接着する際のボンドも変更するなどしてクリアしました。

さらに、パッケージデザインにもこだわりが。
「『手元に置ける歴史』としてインテリアとして飾っても違和感なく、額縁のようにも飾れるデザインにしました。本来、パッケージは中身を守るためにあるものですが、飾る用途を考えて、ふたを開けた時の内箱の高さが箱の高さと合うように設計しています。標本のようなイメージです」と友田さん。

パッケージには、高輪築堤の歴史を分かりやすく伝えるリーフレットを同梱しています。
「これまで敢えて木の説明はせず、最小限の情報で木材が持つ記憶に思いを馳せてもらいたいと考えていました。しかし、今回は、高輪築堤の歴史を次につなぐ、という私たちobakeだけではない関係者全員の思いを伝えるためにも、高輪築堤がどこで、どんな役割を果たしてきたか、言葉でも届けていくリーフレットを作りました」(三浦さん)。

作者 obakeの三浦麻衣さん

作者 obakeの三浦麻衣さん

鉛筆を手に取ってくださる方々へ

「高輪にゆかりのある方や鉄道に携わってきた方々の間で、希少価値の高いギフトとして注目していただけたらうれしい」というのはメイカーズベースの松田さん。「単純な形に見えるかもしれないが木材加工の技術が詰まっているのでぜひじっくり味わってほしい」というのは吉崎さん。

三浦さんは、「二度とは作れない貴重な存在。歴史を手に触れることで味わえるアイテムとして、多くの人のもとで大切に継承されてほしい」。そして、「普段なら出会うことのない異業種のコラボレーションが実現したことがまずすごいことだと思っています。プロジェクトを前に進めたのは、高輪築堤の木材が持つ価値や魅力を少しでも多くの人に届けたい、残したい、という関係者全員に共通する思いでした。これからこのえんぴつを手にしていただく方には、ぜひその思いを届けて、私たちが感じたことを追体験していただけたら、とても嬉しく思います」と友田さん。

長い眠りから覚めた高輪築堤。その生まれ変わりとして「記憶のえんぴつ」は、作り手の思いを乗せて、新たな記憶を作るために旅立ちます。

作者 obakeのおふたり

作者 obakeのおふたり