商品化された作品

記憶のえんぴつ

〈2020 グランプリ〉

えんぴつに、前世があるとしたら。建物や家具の役目を終え、
捨てられるはずだった木材の新たな姿。
一本一本ちがう豊かな表情は、この木に刻まれた記憶の証です。
木目や日焼けの跡。質感や色合い、ほのかな香り。
そして、印字してあるわずかな情報と一緒に、いつか、どこかを心に描いてみてください。

  • 記憶のえんぴつ
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作品紹介ムービー:
https://youtu.be/wvnz2f3-FRE(YouTube)

※生産終了

通常の製造方法では無理

コクヨデザインアワード2020のグランプリ作品「いつか、どこかで」(商品名:記憶のえんぴつ)。今回のテーマ『♡』を「人の心」と解釈し、何気ない鉛筆を「人の想像力をかきたてる道具」としてとらえた作者のobake(友田菜月さん、三浦麻衣さん)。デジタルの時代だからこそ手で描く体験や、文房具と人の心の関わりを見つめ直し、建物や家具の古材利用という社会的メッセージやストーリー性を打ち出したことが高く評価されました。

受賞後、すぐにこの作品を商品化することになりましたが、そのプロセスは予想以上に大変でした。受賞作の商品開発を担当するコクヨの藤木武史は打ち明けます。「現在、日本のメーカーが販売している鉛筆のほとんどが中国で生産されています。しかし別のプロジェクトで、国内で鉛筆を製作したことがあり、繋がりのある工場に相談すれば簡単に作れると思っていました。ところが、鉛筆の原材料の違いと生産ロットの問題から、国内で鉛筆製造を行っているいずれの工場においても、『記憶のえんぴつ』は生産できないことが分かったのです」。

obakeのふたり(左:友田菜月さん、右:三浦麻衣さん)

obakeのふたり(左:友田菜月さん、右:三浦麻衣さん)

イチから作り方を考える

「『記憶のえんぴつ』は使う材料が普通の鉛筆と異なるため、当然作り方も変える必要がありました」と藤木と一緒に商品化を担当した中川 薫も言います。通常は、主に北米産のスギ材に樹脂を含浸させ、芯を挟んで板状にしたものから六角形の鉛筆を削り出して、その上からコーティングを施して丈夫な鉛筆にしていきます。一方、「記憶のえんぴつ」は建材や家具の古材を活用します。古材は大変硬く、鉛筆工場の機械には通すことができません。また、使い込まれた風合いを特徴として活かすため、なるべく表面を削らないようにして六角形を作らなければならないのも、通常の鉛筆作りと異なる点でした。

三浦麻衣さん

三浦麻衣さん

一体どこで、そうした手の込んだ加工をしてもらえるのか。藤木と中川が工場を探して奔走するあいだ、obakeのふたりは商品化に向けて、PRの方法やコンセプトの検討を進めていきました。「最終審査でプレゼンした内容を深めながら、どうしたら世の中の人に興味を持ってもらえるか、何回も話し合ったり、周りの人の意見を聞いたりしました」と友田さん。この鉛筆を個人的な思い出のギフトとして訴求するのか、例えば有名な建物にまつわるストーリーを内包したオブジェとするのか。商品としてさまざまな方向性を議論しながら、「コクヨが商品化するなら、多くの人に手に取ってもらえるプロダクトになるはず。ならば、明確な記念性よりも想像性を重視したプロダクトとして打ち出すことを軸としたい」とコンセプトを固めていきました。

友田菜月さん

友田菜月さん

古材の風合いを大事に

奔走の末、コクヨがようやく出会ったのが、木質系内外装材の販売や、木製品の開発を行うシェアウッズ(兵庫県神戸市)でした。間伐材で鉛筆を製造した経験もあり、鉛筆用の古材を探すところから協力してくれることになりました。

古材を探すために訪れた築120年の古民家

古材を探すために訪れた築120年の古民家

シェアウッズの案内で、藤木と中川がobakeのふたりと共に神戸の古民家を訪れたのは2020年の夏。築120年の古民家は、とある一般社団法人が事務所として改修することになっており、その前に古材をもらえることになったのです。「柱や扉など、木の表面が煤(すす)で黒ずんでいるような、経年変化の特徴があるものを中心に探しました」と友田さん。三浦さんも「その上で鉛筆として加工することを考え、表面にあまり凹凸がないものを選びました」。こうして集めた建材や家具の板から約300本の鉛筆が作られることになりました。

古材は乾燥しきって硬くなっている上に、平滑ではないため、シェアウッズでの加工は難航しました。丈夫な鉛筆にするために表面をかなり削る必要がありましたが、obakeのふたりは「使い込まれた雰囲気やストーリー性を感じられるよう、できるだけ表面を残したい」と食い下がる場面も。加工の担当者たちに作品の意図を説明し、なんとか理解してもらいながら、進めていきました。

商品化に協力したシェアウッズの工房で

商品化に協力したシェアウッズの工房で

気に入ったものを手に取って

鉛筆の箔押し部分について、三浦さんは「使う人の想像を膨らませるというコンセプトを届けるために、築年数や所在地などの情報をどこまで入れるか悩みました」。検討の結果、ユーザーが見たり触ったりして感じることを大切にするために、最小限の記載に留めることにしました。また「余計な情緒を省いて、記録として淡々と見えるよう」に、書体も新聞明朝体を選びました。この箔押し加工も困難を極めたといいます。中川は、「専用の機械があるとはいえ、鉛筆に個体差があるため箔がうまく乗らないものもあります。シェアウッズで試行錯誤をしてもらいながら箔押し作業を進めていきました」と振り返ります。

プロトタイプに箔押しされた古材の情報

プロトタイプに箔押しされた古材の情報

芯の硬さは2Bです。樹脂などを含浸していない“生の木”のため、HBやBなど硬い芯では中で折れてしまうリスクが高まるためです。友田さんは、「文字を書くだけではなく、絵をサラサラと描きたくなるような硬さとして2Bで良かったと思っています」と話します。

できあがった商品「記憶のえんぴつ」は1本ずつ大切に個装され、2021年6月からコクヨ直営のTHINK OF THINGS(東京・渋谷)およびTHE CAMPUS(東京・品川)の2店舗で数量限定での販売が始まります。三浦さんは「私なら少しとっておきたい気持ちにもなりますが、実際に使って頂き、木の記憶を看取る、ではないけれど使うことで鉛筆がなくなるのもいいことなのではないかと思っています」。友田さんも「並べてみると一本一本違うことが分かると思います。自然に触れるような気分になってもらえたら」。

芯を挟んだ板を削りながら切り離し、鉛筆を作る

芯を挟んだ板を削りながら切り離し、鉛筆を作る

思い描く理想像を貫く強さ

アワード受賞作の商品化をミッションとするコクヨとしては、「今回は頑張ってなんとか第一弾を作ってみた、という段階です」と藤木。今後については「モノを作って終わりではなく、これから作家の意図やコンセプトをしっかり伝える活動を進めていきたい」と話します。例えば『いつか、どこかで』を使ったワークショップで参加者が建物の記憶を共有したり、一般の方から古材と共に建物のストーリーを集める、といったアイデアも考えられそうです。中川も、「今回の商品化を通じて、古材活用を進める団体や活動があることを知りました。こうしたところとも繋がりながら、商品を展開していく方法を考えていきたいです」。

(左)藤木武史(コクヨ/文具開発部シニアデザイナー)、中川 薫(コクヨ/THINK OF THINGS MD)

(左)藤木武史(コクヨ/文具開発部シニアデザイナー)、中川 薫(コクヨ/THINK OF THINGS MD)

多くの困難を乗り越えてようやく商品化が実現した今回のプロジェクト。最後に、obakeのふたりに感想を語ってもらいました。「技術的に難しいことが多い中で、“ここだけは譲れない”というスタンスを崩さないように粘り強く説明し続けました。応募の時から自分たちが思い描く理想像をブラッシュアップし、たくさん試してきたことが、商品化の際にも力を与えてくれたと思います」(友田さん)。「大量生産や使い捨てが疑問視される時代に、プロダクトメーカーであるコクヨがこれを作って売ることが重要なメッセージになると思っています。個人的なアート作品や活動としてではなく、もっと広く世の中に感じ取ってもらえるものとして商品化されたことを嬉しく思います」(三浦さん)。

商品開発プロジェクトのメンバー

商品開発プロジェクトのメンバー