その人は、夢を手で書き実現する。「てがきびと」

第11号 「美文字の楽しさを書く人」日ペンの美子ちゃん

美しい文字を書く楽しさを伝える。そうすることで、多くの人が“てがきびと”になりました。


第11号 「美文字の楽しさを書く人」日ペンの美子ちゃん

 東京・早稲田のとあるビルの最上階。ドアを開けると、陽光差し込むガラス張りの明るい部屋に、彼女はいた。
 肩まで伸ばしたサラサラのストレートヘア、前髪は眉の高さで揃え、そのすぐ下には大きな瞳。その瞳が、いたずらっぽく笑っている。こちらのドギマギした思いを見抜いているかのように。

── あ、あの、初めまして。とうとう、お目にかかれましたね。

あら、そんなにアガることないですよ。少し、リラックスしたらいかがかしら?

── は、はい。でもなんか緊張しちゃって。あなたが……

そう、日ペンの美子(みこ)です、よろしく。あたしは5代目なんですけどね。

あっという間に、名前書き上手に!

── そうか、もう5代目なんだ。

初代の美子お姉さまがデビューしたのは昭和47年の少女雑誌、だからもう42年前のことになるかしら。

ことほどさように懇切丁寧に教えてくれる日ペンなのである

ことほどさように懇切丁寧に教えてくれる日ペンなのである

── じゃ、初代の美子ちゃんてもう……。

いえいえ、美子は永遠の女子高生ですもの。歴代のお姉さまたちとは、皆、同世代感覚でお喋り出来る、大の仲良しなんです

── す、すみません。

ところで今日は、一体どういったご用なんでしょう? なんでも相談があるって、お聞きしたんですけど。

── そうなんです。実は僕、ひどい悪筆で。だから文字を人に見られたくなくて、出来るだけ手書きなんてしたくないんです。

あら、『てがきびと』なんてシリーズ作ってらっしゃるのに?

── ええ……。でね、究極の「美文字てがきびと」である美子ちゃんに、美しい文字の書き方を教わろうかと思って。そうしたら、人前で手書きするのが楽しくなるかも知れないし。

自分の名前は、とりあえずすぐに上達します

自分の名前は、とりあえずすぐに上達します

そうですねぇ、美しい文字が書ければ、誰でも手書きが好きになりますものねぇ。美子のお友達も皆、そうでした。かしこまりました、じゃあ、まずここに、あなたのお名前を書いていただけます?

── 「美文字クリニック」? なんですか、これ?

これはね、書店さんのイベントなんかでやってる、あっという間に自分の名前が上手に書けるようになるためのレッスンなんです。さ、気にしないで、いつも書いてる通りに書いてみてください。

── では、いつものように、さらさらっと。まあ、こんな感じです。

う~ん、楷書と行書が混じってるわねえ。さて、どっちで行こうかしら?

── はい? 本人、楷書しか書けないつもりなんですけど。

ほら、見てごらんなさい。一文字ずつ、楷書と行書が入り混じってるでしょ。ね?
でもね、そういう人って多いんですよ。

── ええ~っ、僕って行書も書けてたんだ! 初めて知りました!

あなたは文字の右はらいが得意じゃなさそうだから、全部、行書にしましょう。でも、行書特有の流れがとてもいいわ。あたしが先輩としてお手本書きますから、その後、真似してみてくれます?

── ええっと、こうですか?

そう! 上手! ほら、もう、きれいに書けたじゃないですか! すごい、すごい。

── わ、そういう風に字を褒められたことって、生まれて初めてだなあ! 子供の頃から「へたっぴ」呼ばわりされて、書道教室じゃ紙が真っ赤になるほど修正されてたし……。

うん、本当はね、早い子は5 歳頃から、一般には小学校の6 年間にしっかり習うのがベストなんですって。それに、どんどん褒めてあげることが大事なんだそうですよ。

── じゃあ、僕の場合、もう手遅れでしょうか……。

ううん、そんなことないです。日ペンでちゃんと学んで、1回20分でいいから毎日練習してれば、誰でも美文字が書けるようになりますよ。実際、定年退職した後でも、見違えるほど上手になる方がいらっしゃるんだから。

そう、こういうとき、下手だと恥ずかしいのです…

そう、こういうとき、
下手だと恥ずかしいのです…

眼と手と頭を使いましょう♡

── ところで、美子ちゃん、そもそも美しい文字って、なんでしょうね?

いい質問ですね。日ペンで教えてるのは、書道みたいに芸術的な美しさを求めるものじゃないんです。それよりも郵便屋さんや宅配便のお兄さんが読みやすい文字であること。

── なるほど、まず実用なんですね。

そう。そのうえで、より美しい文字が書けたら素敵でしょ?

── ホントに美子ちゃんを筆頭に、日ペンの生徒さんの字って美しいもんなあ。惚れ惚れしちゃいます。

あはっ、ありがとうございます。ちょっと照れちゃうな。あのね、字を書く時ってね、眼と手と頭を同時に使うんですよ。

── 頭、ですか?

もう、芳名帳なんて怖くない

もう、芳名帳なんて怖くない

なぜ、この形が美しいのか。それを考えながら書くことが大事なんです。
美しい字には、理由(わけ)があるのよ。法則があるので、それに当てはめて、ここを長くして、ここは短く、といったようにね。そのルールを理解すれば、あとは簡単。
安定感があって、明るく、元気になれば、美文字ですよ。

── その最初のやつがなあ……。明るく元気な字だとは思うんですけど。

だから練習なんです、安定感も練習すれば身につくのよ!

── はあ。練習する時って、ペンにもこだわったほうがいいですか?

ううん、自分が書きやすいと思える、そんなに高くないボールペンで充分。上手になったら、自然に高級な万年筆が欲しくなったりするもんですもの。

なんか、年賀状出したくなって来た

なんか、年賀状出したくなって来た

── あ、万年筆って言えば、僕は太字のほうが好きなんです。なんか、ごまかしが効くような気がして。それに筆圧が異常に強いですし、めちゃめちゃ速く書くクセがありまして。

そう、太字って確かにごまかしが効くんです。でも練習するときはね、やや細字で、ボールペンなら0.7 ㎜位がいいですよ。そして、なるべくゆっくり書くこと。なぞり書きも、ゆっくり。そのうち、自 分のスピードが決まって来ますから。
それから筆圧にもメリハリが必要なんですね。力を入れるところはしっかり、抜くところはふっと抜く。錦織選手のテニスと一緒ですよ。

合否に関わるもんなあ、マジに

合否に関わるもんなあ、マジに

── そうかあ、全部、力一杯書いちゃうからなあ。結婚式の芳名帳なんて大の苦手です。筆ペンで自分の名前書くと、文字が潰れちゃって黒い丸が四つ並んでるようにしか見えません。

筆ペンは、実はお習字の筆よりも扱いが難しいんです。動物の毛じゃなくてナイロン製の筆だもの。
じゃあ、教えてあげましょ。まず、墨で手が汚れないギリギリ下の部分、軸の最も穂に近いところを持つこと。それから紙に対して垂直に立てて。側筆っていうんだけど、筆はお腹の部分で書いちゃダメ。
そうして太く書きたいところは紙に押し付けて沈める感じ、逆に細くしたいなら力を抜いて軸を上げる。つまり、上下動で太さ細さを変えるわけ。分かります?

── わわわ~、これも目からウロコのお話です。

日ペンでは、筆ペンでの書き方も教えてますよ。やってみたらいかが?

見よ、この連綿の美しさ!

見よ、この連綿の美しさ!

ラブレターのために書くべし書くべし

── 芳名帳で思い出しましたけど、日本語って縦書きと横書きがありますよね。どっちが美しく書ける、なんてあるんでしょうか?

ホントに最近は横書きが多くなって来ましたねえ。会社や役所で使う公文書っていうの? そういうものが横書きになって以来かしら。
でもね、流れの美しさは、縦書きにあるんですよ。

── 流れの美しさ、って?

縦書きだと「連綿」といって、続き文字が書けるでしょ。でも、横書きはそういう訳にはいかないもの。
そもそも日本の文字は、やっぱり縦書きのほうが断然美しいと思うなあ。手紙や葉書も、縦書きで「連綿」を使うと素敵ですよ。

美子ちゃんはノートでもこの出来映え

美子ちゃんはノートでもこの出来映え

── ノートも基本、横書きですもんね。そういえば、このキャンパスノート、書き味はどうでした?

これって、ルビ用の罫線が入ってるんですね。そのおかげで行間がきれいに空けることが出来て、あたし、大好き! 紙質もいいのね! ペンの滑りもちょうど良くて、横書きも縦書きもすごく書きやすいの。

日ペンの「ボールペン習字講座」の教材は充実してるなあ!

日ペンの「ボールペン習字講座」の教材は充実してるなあ!

── それ、作ってる者が聞いたら大喜びすると思います。美子ちゃんに褒められたって。

あら、お世辞じゃないですよ。あたしはお世辞なんて言う性格じゃないって知ってるでしょ?

── はい、存じております。あのう、最後にもうひとつ、お願いがあるんですけど。

なにかしら? なんでも言ってください。

── もし良かったら、今度、お茶でもしながら、もう少し美文字について手取り足取り教えていただけないかと。

あら! それってデートのお誘い?

── いや、まあ、あの、その……。

美文字の練習のため、ならいいですよ。その代わり、あなたが手書きで、素敵なラブレターを書いて送ってくれたら、ってことにしましょうか。

── はい! が、がんばります! とりあえず、名前だけはもう上手になりましたし!

2014年8月6日

今回、お話しをおうかがいしたのは
日本ペン習字研究会常任理事の平田秋蹊さんでした。

 
 
 
平田秋蹊(ひらた しゅうけい)

日本ペン習字研究会常任理事
第61 回全日本ペン書道展特別賞
硬筆書写技能検定1 級合格
平成11 年よりペン書道競書雑誌「ペンの光」審査・課題執筆担当
文化センターや、美文字クリニックなどでの講師を務める

 
<著書>
「美しく読みやすいボールペン字『楷書』」永岡書店 他


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