Vol.35 INTERVIEW
自由を後押しするための見守りとは? 認知症当事者 丹野智文さんインタビュー
掲載日 2025.12.09
子どもの見守りGPSとして誕生した「はろここトーク」。
これまでは、子どもへのヒアリングや児童発達支援施設での検証や監修のもと、インクルーシブデザインプロセスで開発をしてきました。その開発背景については、別の記事でも紹介をしています。
現在、自治体での活用や補助金対象となる例も出始める中で、高齢者や認知症の方にも安心して使える形へと展開を検討しています。そのため本記事では、認知症当事者であり、支援の現場を牽引する丹野智文さんに、「当事者にとっての安心とは何か」「自由を守る見守りとは」についてお話を伺いました。
Interviewee
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丹野 智文(たんの ともふみ)
1974年宮城県生まれ。ネッツトヨタ仙台にて営業職として活躍する中の2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症の診断を受ける。診断後は同社で事務職として働きながら、当事者としての経験を語り、社会に“生き方の選択肢”を広げる活動を続けている。
本人同士が安心して話し合い、支え合う場「おれんじドア」を仙台市で開き、診断直後の不安に寄り添うコミュニティづくりを行っている。
著書に『丹野智文 笑顔で生きる ―認知症とともに―』(文藝春秋)。
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
今回取り上げるHOWS DESIGNプロダクト
コクヨのGPS 「はろここトーク」
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認知症の当事者目線の取り組みが足りていない
Q:高齢者や認知症の方の見守りは自治体からの補助金など、様々な形で施策が行われていますが、当事者としてどのように見られていますか?
丹野さん:現在の多くの施策は、支援者側の安心を中心に設計されているように感じます。
本人の安心や尊厳が置き去りにされているケースが少なくありません。たとえば、自治体の見守り施策として、「GPSを持ってもらう」「QRコードを身につけてもらう」といった取り組みが広まっています。
しかし、もし自分の大切な服やバッグに、突然QRコードを貼られたらどう感じるでしょうか。お気に入りの洋服やバッグにコードを付けられたら・・・多くの人は抵抗感を覚えるはずです。それなのに、認知症の本人にはそれを“当然のこと”として求めてしまっている。本人の気持ちを想像すれば、決して心地よい取り組みではありません。
本来求められるのは、本人が自分の意思で持てる形で設計されたツールです。新しい特別なものを強制的に付ける必要はありません。すでにある物を使えば十分な場合もあります。
私の知る限り、支援者目線ばかりが先行しているのは日本だけです。
Q:海外ではどのような取り組みが行われているのでしょうか?
例えばスコットランドでは、当事者はGPSを自分の意思で持ち歩くのが基本です。日本のように、靴の中に入れたり、目立つタグを取り付けたりといった発想はほとんどありません。なぜかというと、認知症の診断直後に「リンクワーカー」という専門職が関わります。本人と家族がしっかり話し合う場をつくり、自分の生活をどう続けたいかを一緒に考えてくれ、その対話の中で、本人が納得して道具を選びます。
一方で日本では、本人と家族が対等に話し合う機会がほとんどありません。支援者と家族だけで話が進み、本人は知らない間に決められてしまうことが多いです。デイサービスでも、本人が「行きたくない」と言えば“拒否”と言われ、無理に連れて行かれて「帰りたい」と言えば“帰宅願望”。怒ったり落ち込むと“BPSD(認知症の行動・心理症状)”とラベリングされてしまう。
でもこのように当事者が反応することは、ごく当たり前のことなのではないでしょうか?例えば、もし自分の子どもに「あなたの進学先はここに決めたよ」と一方的に言ったら、きっと反発しますよね。本人の意思を尊重しながら、進路についてじっくりと対話すべきだと思います。しかし、認知症の場合は診断された途端にいきなり信用が失われ、本人の意思決定が奪われてしまっています。
大切なのは、説得ではなく納得。「これ持った方がいいよ」ではなく、「どう生きたい?そのためには何が必要?」と一緒に話し合いながら、本人の望む暮らしを家族や支援者と共有した上で、その暮らしを支えるためのツールを自ら選ぶことが大切であると思います。
“監視”ではなく、“自由を支える見守り”へ
Q:「はろここトーク」は子どもたちが、「仕方なく持つ」のではなく「自分から持ちたくなる」GPS端末を目指して、当事者とともに開発しました。認知症当事者の丹野さんから見て、どのように感じられますか?
丹野さん:まず、もしこれが「持たされる」ものになってしまったら、それは”見守り”ではなく“監視”になってしまいます。ほとんどの認知症当事者は、GPS端末を持たされているにも関わらず、「1人で出かけちゃダメ」と言われてしまっているのです。では、1人で出かけないのであれば、GPS端末を持つ必要性はほとんどないのではないでしょうか?
捉え方を変え、「これを持っていれば1人で自由に出かけていいよ」と家族が安心して送り出してくれるのであれば、GPS端末は“自由を支える道具”になります。
日本でも、認知症当事者が自ら選んでGPS端末を持ち歩いている例があります。本人と家族が話し合い、「帰宅予定時間を1時間過ぎたら位置情報を確認してもいい」といった“約束”をあらかじめ決め、それ以外の時間は見ない。この“約束”があることで、本人は監視されている不安から解放されます。
家族や支援者の目線だけの「安心・安全」だけではなく、認知症の当事者自身が安心して外を出歩けることをサポートすることができると、“監視”ではなく“見守り”のためのツールになると思います。
Q:どのようなものだと、持ち歩きたいと感じられますか?
持ち歩くなら、やっぱりかっこいいといいですよね。革とか木とか素材感のあるケースとか、どこかのブランドとコラボしてもいいと思います。友達に「これ、いいでしょ?」って自慢したくなるようなデザインだったら最高です。僕がスケジュールの管理に使っているノートも、自分で選んだものだからちゃんと使い続けています。
福祉用具全般に感じていることですが、日常的に持ち歩きたいと思えるものがないんです。
持ちたくもないものだから、家族に「はい、これ使いなさい」と渡されても、自分から必要だと思って選んでないので、記憶に残らないんです。
また、少し観点が違いますが、認知症当事者は財布を持ってない人が非常に多いです。財布を持っていなければ、電車にも乗れないし、お店にもいけません。なので、財布とこの端末が一緒になったら、自ら選んで持ち歩く人が増えると思います。
同じように、杖にこの端末が組み込まれていても面白いと思います。高齢者の方は杖を使っている方が多いので、「このボタンを押したら家族と喋れるよ」と伝えたら、面白がって使ってくれるかもしれません。
“失敗する権利”を奪わないでほしい
Q:見守りツールを一緒に使う家族や支援者の方に、意識して欲しいことはありますか?
認知症になると、周りの人が「失敗させないように」と先回りをしがちですよね。最初はありがたいんです。でも、やってもらうことに慣れると、それが楽になってしまう。そうすると、支援がないと不安になる“依存”という別の問題が生まれ、一人で出かけたり、一人で何かをする力が少しずつ失われていきます。
でもそれは、できないからではなく、失敗する機会が奪われているからなんです。失敗がないと、工夫が生まれず、工夫がなければ成功体験が生まれない。そして成功体験がなければ、自信は戻ってこない。それに、失敗するたびに、「なんで忘れるの?」と言われたら、嫌になってやらなくなってしまいます。
工夫するということは、 自分の人生を自分で決め、自分で選ぶための自由を手に入れること。自分らしく生きられる環境を自分で作っていくということなのだと思います。
Q:丹野さんご自身は日常生活の中でどんな工夫をされていますか?
例えば、スケジュールの管理は工夫を重ねています。
昨日もホテルに泊まりましたが、「何時にホテルを出発するのか」、「今日どんな予定があるのか」頭の中だけでは覚えておくことができません。
なので、スマホのアラームに「朝ごはん」、「バスに乗る時間」、「講演の時間」、とタイトルをつけて、その日の時間を管理しています。タイトルの付け方も工夫をしていて、使い始めた時は「起きる時間」「出かける時間」と命令口調で書いていたのですが、携帯に指示されてるみたいでイラッとしてしまうことがありました。なので今は「そろそろ起きる時間だよ」「出かける時間だよ。パソコン持ってってね」といったように、やさしい言葉にしています。
スマホだけでなく、ノートも使っていて、当日の具体的なスケジュール内容は、例え予定が1つしかなくても必ず1ページ使って具体的に書いています。スマホのカレンダーアプリだとたくさん書き込むことに向いていませんが、ノートであれば余白にもしっかりと書き込めるので、自分の気に入ったサイズとデザインのノートを使っています。
また、最近ではAIもよく利用しています。たとえば娘がピアスをつけているのを見て、「ピアス」という言葉が出てこなかったとき、「女性が耳につけるアクセサリーって何?」と聞くと「ピアスですよ」と教えてくれたり、言葉でうまく説明できなくても、写真を送れば物の名前も教えてくれるので、“相棒”のような存在になっています。
意外かもしれませんが、高齢の認知症当事者の方でも、スマホやAIを工夫して使いながら、自由に楽しく暮らしている人もいますから、今は「できない」を補ってくれるテクノロジーを味方にすることで、病気があっても自分らしく生きることができると感じています。
認知症になるとできないことも増えますし、自信を失うこともあります。だからこそ、小さな工夫の積み重ねから生まれる、成功体験がすごく大事なんです。先回りばかりせずに、失敗する権利を奪わないでほしい、そのための見守りであって欲しいと思っています。
さいごに
丹野さんのお話を通じて、あらためて気づかされたのは、 「そもそも私たちは何を“見守る”のか」という問いでした。「今どこにいるのか、何をしているのか」を知ることは、 見守りのほんの一側面にすぎません。
大切なことは、その人が自分で選び、挑戦し、時には失敗し、工夫をして、また挑戦をする、そのプロセスを支えられる環境や関係性を、ともに育てていくこと。それこそが本当の意味での“見守り”なのではないでしょうか。
Hello! Family.シリーズは、子どもが「やりたい」を見つけ、「できた」を増やしていく瞬間を応援するブランドです。同じ想いで、認知症当事者や高齢者の方々の「やりたい」に寄り添い、その一歩をそばで支えられる存在であるために、これからも、当事者の方々との対話を重ねていきます。
取材日:2025.10.23
インタビュー:合同会社逍遥学派
執筆:合同会社逍遥学派
撮影:山中 散歩
編集・校正:田中 美咲・HOWS DESIGNチーム