Vol.23 EVENT REPORT
「オムロン」「デロイト トーマツ グループ」の事例を交えて、D&Iの最前線を知る~Diversity & Inclusion & Innovation FESレポート【前編】~
掲載日 2025.01.29
コクヨグループ全体で社会課題解決を考える「サステナブルアカデミア」。
その一環として、12月3日に品川オフィス(THE CAMPUS)、12月9日に大阪梅田オフィスにて「Diversity & Inclusion & Innovation FES」が開催されました。「障がいを知り、社会のバリアに配慮しながら、イノベーションにつなげよう」をテーマに、トークセッションやワークショップ、展示などさまざまな企画を展開。今回はTHE CAMPUSでの模様を、前編・後編の2回に分けてレポートします。
前編では、コクヨ株式会社 代表執行役社長 黒田英邦さんと執行役員 ヒューマン&カルチャー本部 本部長の越川康成さんが、これからの障がい者雇用について他社事例を交えながら語るトークセッションの様子をお届けします。
登壇者
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宮地 功(ミヤジ イサオ)様
オムロン株式会社 グローバル人財総務本部 企画室 アドバイザー
立石電機(現オムロン)株式会社入社後、2011年オムロンソフトウェア株式会社代表取締役社長、2015年オムロン京都太陽株式会社代表取締役社長を経て、2019年より現職にてオムロングループの障がい者活躍推進に取り組む。 -
青野 路子(アオノ ミチコ)様
デロイト トーマツ グループ合同会社 マネジャー HR DEIグループ Diverse Abilities Planningチーム
トーマツチャレンジド株式会社 企画推進部長
有限監査法人トーマツに入社後、人事健康管理担当・秘書業務を経て現職。デロイト トーマツ グループ全体の障がい者雇用促進・活躍推進を担当し、各種雇用推進施策の企画・導入に取り組む。 -
黒田 英邦(クロダ ヒデクニ)
コクヨ株式会社 代表執行役社長
1976年、兵庫県芦屋市出身。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒。2001年コクヨ入社。コクヨファニチャー社長、コクヨ専務などを経て2015年より現職。曽祖父は創業者の黒田善太郎。 -
越川 康成(コシカワ ヤスナリ)
コクヨ株式会社 執行役員 ヒューマン&カルチャー本部長
株式会社ファーストリテイリングにおいてユニクロの国内中心からグローバル企業に成長するまでの人事・経営変革を経験。その後、塚田農場などを展開するエー・ピー・ホールディングス執行役員を経て、2023年1月にコクヨ株式会社執行役員 ヒューマン&カルチャー本部長に就任。 -
西林 聡(ニシバヤシ サトシ)
コクヨKハート株式会社 代表取締役社長
1998年コクヨ入社。情報システム部門に配属後、分社化したコクヨビジネスサービスで新規事業を担当し、その後中国BPO子会社社長、コクヨ株式会社会長 黒田章裕の財界活動サポート業務を経て、2020年11月より現職。

(左から) 宮地様、青野様、黒田、越川、西林
多様な価値観こそが、イノベーションの源

会場となったTHE CAMPUS COREの様子
冒頭にコクヨの越川さんより、「なぜコクヨは障がい者インクルージョンに取り組むのか」をテーマに講演がありました。

講演するコクヨ株式会社 執行役員 越川 康成さん
その理由の根幹にD&I&I(ダイバーシティ&インクルージョン&イノベーション)の考え方を挙げ、「ご存じのとおり、ダイバーシティは多様性、インクルージョンは包み込むという意味があります。ではイノベーションとは何か。それは何か特別なテクノロジーがあるわけではなく、これまで気付かなかった新しい切り口や、見落とされていた視点にこそヒントがあると言われています。つまり、同じような考え方をもった集団からは、なかなか新しい発想は生まれにくいということです。これまでの常識にとらわれず、新しい価値を生み出していくためには、多様なバックグランドをもった人材を組織に巻き込んでいく必要があるのです」
特例子会社に限らず、コクヨグループ全体で障がい者雇用の拡大を目指す
では、実際にコクヨではどのようなD&I&Iが行われているのでしょうか。ここからはコクヨKハートの西林さんより事例紹介が行われました。

講演するコクヨKハート株式会社 代表取締役社長 西林 聡さん
最初は「HOWS DESIGN」の話題からです。西林さんより「『HOWS DESIGN』とはコクヨ流のインクルーシブデザインのプロセス。このプロセスを取り入れて開発を行っている社員からは、『障がいは個人が持つひとつの側面に過ぎないことに気付いた』『マーケティングからは見えてこない切り口に気付いた』といった声が挙がっていますが、今日は生の声を聞いてみたいと思います」と、檀上には株式会社カウネットで商品開発に取り組む齊藤 あづささん(MD本部 商品開発部 リサーチコミュニケーショングループ)が上がりました。
斎藤さんは「『HOWS DESIGN』は単に障がいのある方と一緒に商品をつくるということではありません。多様な人の意見から今まで気付けなかった価値を見出して、障がいの有無に関係なく、みんなが使いやすい商品をつくること、つまり“売れる商品”ができるということです」と、インクルーシブデザインに取り組むことは、会社全体の価値向上にもつながると伝えられました。
さらに、Kハートの障がい者雇用の状況について、「現在、Kハートでは52%の社員が何らかの障がいを持っており、聴覚障がい者24名、精神発達障がい者30名が働いています。業務内容はTHE CAMPUSのクリーニング、オフィスレイアウトCAD、ステーショナリー開発書類作成、ECサイトの動画・画像編集など多岐にわたります」と西林さん。そして最近の事例として、「2023年にオープンしたダイバーシティオフィス『HOWS PARK』は、社会のバリアを減らす発信拠点として活用しています。また『HOWS DESIGN』においてはすでに100回以上のワークショップを実施し、2024年は新商品の28%を『HOWS DESIGN』で開発することができました」と、具体的な数字を挙げながら、コクヨでのD&I&Iの実態を紹介しました。
最後に西林さんは、「これからは事務系部門や工場・配送センターなどにも雇用を拡大し、Kハートだけではなくコクヨグループ全体で雇用の取り組みを強化することで、さらなるインクルージョンを目指したい」と意気込みを語りました。
「ニューロダイバーシティ」で業務効率化や技術力向上を実現
続いてゲスト企業のオムロン株式会社 宮地様より、障がい者雇用の現状をお話いただきました。

講演するオムロン株式会社 宮地 功様
オムロン様ではグループ各社で精神・発達障がい者の雇用拡大を図る中で、障がい者雇用において特に力を入れているのが「ニューロダイバーシティ」の取り組み。ニューロダイバーシティとは、脳や神経(ニューロ)に由来するさまざまな違いを多様性としてとらえて尊重し、社会の中で活かしていこうという考え方です。オムロン様では1972年に「オムロン太陽」を設立され、障がい者雇用の取り組みを開始。当初は身体障がい者の雇用が中心でしたが、近年ではニューロダイバーシティの考えのもと、発達障がいのある人の多様な特性を活かす採用にも力を注がれています。
しかし、ここで課題となったのは「採用プロセス」だと宮地様。「発達障がいを持つ人の採用においては、従来のコミュニケーション重視の採用試験では候補者の能力を充分に発揮できないといった問題がありました。そこで、既存の面接やWebテストに加えて、インターンシップを通じた能力評価を導入。面接でひと言も話せなかった候補者がインターンシップ中に高い技術力を発揮し、画像解析やAIソフトの開発で大きな成果を上げた事例があります」と紹介されました。
また、このような取り組みでは、得意なスキルを活かしてもらいつつ、不得意な部分はチームで補完するというアプローチを採用することで、オムロン様では発達障がいをもつ人の仕事のマッチングに成功しているということです。
さらに、ニューロダイバーシティの成果は、業務の効率化や技術力向上だけでなく、管理職や組織全体のマネジメントの見直しにもつながったと言います。「不得意な部分を補いあい、得意な部分を伸ばすという考え方は、ニューロダイバーシティ人材に限ったことではないのではないか、という現場の声もありました。こういった方針を取ることで働く個人の満足度と貢献度が高まり、結果的に組織の「生産性と創造性」の向上につながりました」と、ニューロダイバーシティの取り組みにおいて、新たな気付きとなった点を挙げられました。またオムロン様1社だけではなく、京都の企業を中心に横断的な展開も開始されているとご紹介がありました。
最後に、「D&Iは企業発展の原動力。これからもオムロンは、ニューロダイバーシティの取り組みの拡大を進めることで、社会課題解決に貢献していきます」と締めくくられました。
「ダイバースアビリティーズインクルージョン」が、グループの持続的な成長に寄与
次に、デロイト トーマツ グループ青野様より、同社の取り組みのご紹介がありました。

講演するデロイト トーマツ グループ合同会社 青野 路子様
「デロイト トーマツ グループでは、『ダイバースアビリティーズインクルージョン』という言葉を用い、各種施策を実行しています」と青野様。この取り組みは、障がい(ディスアビリティ)ではなく個々の能力(アビリティ)に注目し、多様な人材が活躍できる職場環境を構築することを目的としています。「現在デロイト トーマツ グループでは、約390名超の多様な能力のあるメンバー(障がいのあるメンバー)が雇用されており、その半数以上が精神障がいや知的障がいのあるメンバーです。この数は年々増加しており、私たちの共通の価値観の一つである『Foster Inclusion』を具体化しています」
特に注目すべき取り組みの一つとして挙げられたのが、デジタル人材育成を目的とした障がいのある方向けのインターンシッププログラムです。2023年に導入されたこのプログラムは、障がいのある方向けにプログラミングやデータ分析といった高度なITスキルを学ぶ機会を提供しています。青野様は、「OJTを通じて実務経験を積むことができ、プログラム修了後には多くの参加者をグループ内で雇用することができています。卒業生の中には、ローコード開発や業務効率化プロジェクトで目覚ましい成果を挙げた人もいます」と、本プログラムが組織全体の生産性向上に貢献していると話します。
さらに、取り組みは日本国内に留まらず、グローバルでも広がりを見せているとのこと。「アジア太平洋地域全体でインクルーシブな文化を醸成するため、各国の法規制や文化的背景を考慮しながら柔軟な雇用モデルを構築してこうとしています。これらの活動は、障がい者雇用を単なる法令遵守にとどめるのではなく、企業価値を高める重要な経営戦略として位置づけています」と青野様。
「『ダイバースアビリティーズインクルージョン』の取り組みは、障がいの有無を問わずすべての人が働きやすい環境づくりの視点を提供しており、私たちグループの持続可能な成長にも寄与しています」とDiversity, Equity & Inclusion(DEI)はまさに「企業発展の原動力」だとまとめられました。
Kハート社員が自身の特性、働き方について語る
ゲスト企業による講演の後は、Kハート前田 広樹さん(BPO統括部)が登壇。ワーカーの立場から、自身の職歴と発達障がいの特性、Kハートでの働き方について語りました。

講演するコクヨKハート株式会社 前田 広樹さん
前田さんは高校卒業後、自動車整備士やイベントスタッフ、小さな町工場などの製造系の企業を経てKハートに入社。「イベントスタッフ時代に上司から初めて発達障がいの可能性を指摘され、のちに医療機関でASDとADHDと診断されました。この経験から、自身の生きづらさの原因を理解し、特性を克服する方法を模索するようになりました」
特にマルチタスクが苦手であることを自覚し、普段の業務ではタスクをシングル化する工夫を行っている前田さん。「例えば、話を聞く際にはメモを後回しにして聞くことに集中したり、得意なルーティンワークをエクセルで自動化したりすることで、判断負荷を減らす工夫をしています」と、そのような取り組みを通して、慣れた作業はイレギュラー対応も可能になり、成功体験を積むことで自己肯定感も向上したと話します。
最後に、「Kハートには、さまざまな特性をもつ社員に対してチャレンジをさせてくれる風土があります。今回の発表の場もそのひとつとしてとても感謝しています」と、Kハートの社風の特徴が伝えられました。
1社でも多くの企業にD&Iの輪を広げていく
プログラムの最後には、登壇者にコクヨ株式会社 代表執行役社長の黒田英邦さんを交えて座談会が行われました。

井田さん:コクヨでは第3次中計発表以降、急速に多様性やダイバーシティという言葉を聞く機会が増えたという印象ですが、その背景を英邦さんよりお話いただけますか?

コクヨ株式会社 CSV本部 サステナビリティ推進室 井田 幸男さん

コクヨ株式会社代表執行役社長 黒田 英邦さん
英邦さん:私たちは長期ビジョンに「be Unique.」を掲げ、働く人や学ぶ人が自分らしく生きることができる社会を目指しています。その実現にはさまざまな人たちを巻き込みながら、多様な価値観を反映した商品やサービスを生み出していくことが重要だと考えています。
井田さん:オムロン宮地様の講演の中で、「昭和時代の大量生産から脱却」というお話がありましたが、これはコクヨが森林経営という形でさまざまな事業に取り組んでいく話とどこかシンクロしているのかなと感じたのですが、宮地様いかがですか?
宮地様:まさにオムロンは、事業としても障がい者雇用としても、次のステージに向かっている時期だと感じています。大量生産から個々の社会課題解決型の事業への転換を目指し、多様性を重視しながら新しいソリューションも取り入れていく姿勢を大事にしていきたいと思っています。
井田さん:青野様のデロイト トーマツ グループは製造業とはまた違った立場だと思いますが、時代の流れとともに感じる変化はありますか?
青野様:社会の変化に合わせて、背中を押される機会が増えてきたというのは感じますね。私たちデロイト トーマツ グループでは、クライアントの期待を超えるインパクトをもたらすことを大きな目標にしていますが、それはダイバースアビリティーズインクルージョンの取り組みにおいても変わりません。とくに、この取り組みは企業の考え方が反映される重要な領域だと思いますので、推進していく価値は充分にあると思っています。
井田さん:越川さんは今日の宮地様、青野様の講演を聞かれていかがでしたか?
越川さん:そうですね。改めて「ディスアビリティ」ではなく「アビリティ」を活かした雇用の重要性を認識しましたし、障がいのある人も企業の中で戦力になってもらうためには、周囲の人たちがいかに適切な環境を整えられるかも大事だと感じました。
井田さん:最後に、お二人からコクヨに向けてメッセージや質問などはありますか?
青野様:事例を紹介いただいて、ビジネスにインクルージョンの視点を取り入れる活動がとても進んでいるなと感じました。私たちのグループももっとそこをやっていかないとと思っていますので、ぜひ講演に来ていただけたら嬉しいですね。
宮地様:ひとつ課題だと感じているのが、得意なことを活かすジョブ型雇用では、万が一その仕事がなくなってしまったときにその人の雇用を保障できないということ。その対策として、他企業との連携や人材交流が有効だと思いますので、ぜひ1社でも多くの企業にD&Iの取り組みが広がってほしいと思っています。
井田さん:私たちコクヨも単独で頑張るのではなく、活動の輪を広げていくことが重要になってきますね。では最後に英邦さんから、本日の総括をお願いします。
英邦さん:本日は宮地さん、青野さんはじめ、多くの方にご参加いただき、誠にありがとうございます。多様性に向き合いながら社会や経済活動を進める重要性や難しさについて議論しましたが、企業として利益や効率性を求められる中で、多様性を前提に社会へ貢献するには、社員の皆さんの工夫や勇気、アイデアが欠かせません。引き続き、皆さん一人ひとりのご協力をお願いしたいと思います。本日はありがとうございました。
先進企業2社の講演を踏まえながら、経営陣の想いも知ることで、コクヨがめざすD&I&Iの姿を社員一同で考える場となりました。
後編では、ダイバーシティ起点でオフィスの改善点を探るインクルーシブデザイン体験や、主に知的障がいのある作家のアートエージェンシーとして活動するヘラルボニー様を招いて実施した、障がい者視点を学ぶ体験型研修の様子をご紹介します。
取材日:2024.12.03
取材・執筆:木田千穂
編集:HOWS DESIGN チーム