トップコミットメント

CEOメッセージ

黒田英邦

「体験価値」の国内外への拡張を確実に進めていき、
2027年には現在のコクヨとは大きく異なる姿を
ご覧にいれます。

取締役 代表執行役社長黒田 英邦

社長就任時に認識した課題

コクヨグループは、2025年から2027年までの「第4次中期経営計画 Unite for Growth 2027(以下、第4次中計)」を推進しています。ここでは、同計画策定の経緯と背景にある私の考えを中心にご説明したいと思います。

コクヨは、黒田善太郎が和式帳簿の表紙店を開業した1905年を創業の年としています。表紙のみの生産から、和式帳簿の一貫生産、洋式帳簿等へと事業を拡げ、高度経済成長期以降は、「Campusノート」に代表される文具や、スチールキャビネット等のオフィス製品、オフィスの設計・施工等へと事業を拡大していきました。その間、一貫して底流に流れ続けてきたのは、「商品を通じて世の中の役に立つ」という社会の公器としての責任を追及する創業の精神です。その実現のための、「お客様の声を聞き、お客様の身になってつくる」という行動原理も継承し、当社の独自性ある製品を生み出す源泉となっていきました。しかし、事業規模の拡大競争に力点を置いていく過程で、全国に広がる流通網に乗せると売れる時代が長かったため、コクヨ販売店様を中心とする流通のニーズや競合の動向を注視するようになり、最終ユーザーのニーズからやや離れてしまいました。その影響は、2008年頃に発生した世界金融危機で顕著に現れます。オフィス家具や文房具市場では、同質化とそれに伴う価格競争が繰り広げられ、低収益構造が定着していきました。

私は、2015年の社長就任時に当時の人事委員会から、社員やお取引先の信頼を守りながらもコクヨの持続的な企業価値向上に向け、高収益な事業ポートフォリオに「激しく変える」という難題を課せられました。ただでさえ文化が保守的なうえに、「Campusノート」のような安定的に売れ続けている商品があったため、変革には困難を伴うことを覚悟しました。最初に着手したのは、日本のグループ会社の再統合です。2004年に実施された分社化によって、部分最適に陥り円滑な意思疎通に支障が出ていたためです。コクヨとして一体化すれば、リソース共有によってより大きなビジョンを描くことができるとも考えました。その上で、価格競争に陥らないよう、高い付加価値を志向する方針を定め、売上総利益率を管理指標として重視することにしました。そのためにまず行ったのが、「顧客」の明確化です。

事業構造の変革に向けて変えてきた企業文化

顕在化したニーズに応えても同質化競争は避けられません。小さな未充足ニーズや、顕在化しつつあるもののまだ世の中に広がっていないニーズを捉えた、「体験価値」でお客様の創造性を刺激してこそ、コクヨならではの高い付加価値を提供できると考えています。「体験価値」を創造していくためには、「流通」から「最終ユーザー」に視点を転換していかねばなりません。言うまでもなく、そうした姿勢の徹底は、販売店様に対する価値提供にも繋がります。

不確実性が高いこれからの時代、トップダウン型ではやがて限界を迎えます。社員の自律性こそが「体験価値」創出の原動力となると考えた私は、「内向き」「保守的」「上意下達」といった文化を改革し、一人ひとりの社員の創造性を「解放」する組織風土の醸成に力を注いでいきました。特にこだわったのが「風通しのよさ」です。

2020年に発生したコロナ禍では、人々の価値観や働き方が急速に変化し、オフィス不要論が叫ばれ文具需要の減少も懸念されました。当社内でも危機感の共有が進み、社員一人ひとりの変革に向けた意識が高まりました。そうした社員の意見を吸い上げ策定したのが、2021年に公表した「長期ビジョンCCC2030(以下、CCC2030)」です。

CCC2030では、「自律協働社会」を未来のありたい社会に定めました。多様性の時代、一人ひとりが自立的に暮らしつつ、互いを尊重し、共同体として協力しあう豊かな社会です。その実現に「体験価値」の提供で貢献すべく、社員が自律的に従来の枠組みを超えた価値を次々に生み出していく「森林経営モデル」への深化を通じ、2030年に売上高5,000億円に到達することを目標に掲げました。個性が尊重される時代のニーズにユニークな価値で応えていくためには、コクヨの社員もユニークな存在でなくてはなりません。少品種大量生産から多品種大量生産にも軸足を移していくことになるため、何も手を打たなければ非効率なビジネスモデルになりかねません。そのため、商品の企画やデザイン、開発だけではなく、生産や販売などバリューチェーン全体で、行動を変容していくこととしました。一世紀以上続いてきた企業理念を「be Unique.」に刷新したのはそのためです。

この長期的な方向性に向けた第一歩として取り組んできたのが、2022年から2024年までの「第3次中期経営計画Field Expansion 2024(以下、第3次中計)」です。

第3次中計で「挑戦するコクヨ」の基盤を整備

第3次中計では、日本既存事業の収益性・効率性の改善と海外における事業基盤の拡張を重点課題と位置付けました。最終年度の2024年12月期に中国経済の悪化の影響を受け、計画当初の目標は未達となったものの、「森林経営モデル」を推進していくための経営基盤の整備は着実に進展しました。ファニチャー事業を中心とする売上高の成長と収益性の改善に加え、M&A等を通じ海外事業基盤の強化も進みました。2022年に香港のオフィス家具メーカー HNIHong Kong Limited(現コクヨ香港)を連結子会社化し、中国市場においてはじめて、製造機能と現地に浸透したブランド(Lamex)を手に入れ、顧客基盤も拡大することができました。同社への生産移管による生産規模の拡大と、当社ノウハウの提供による生産性の向上も実現し、今後のグローバル戦略の強固な足場となりました。専門領域で幹部クラスの人材を外部から登用し、次のステップに向けたコーポレート機能の整備も進展しました。

企業文化の改革も目に見える形で結実してきました。使用されなくなった独身寮を改装し、コクヨ初のシェアハウス「THE CAMPUS FLATS TOGOSHI」としてオープンさせたのは、社員一人ひとりが主体的に考え、行動する組織へと変化したことを象徴する好例です。オフィスリノベーションプロジェクトや徳島の未来コンビニなど、社員が自発的にアイデアを持ち寄り、新しい事業を生み出した例は枚挙にいとまがありません。風通しの良さも格段に向上していることを肌で感じています。毎月実施している社員のエンゲージメントサーベイにも変化が顕著に表れており、特に「挑戦する風土」はスコアが2021年の63から直近の2025年3月には71へと大きく向上しており、これまでの取り組みにあらためて自信を深めています。こうした経営基盤を足場に踏み出しているのが、第4次中計です。

「森林経営モデル」をアップデート

2021年に東京品川の自社ビルをリニューアルしてオープンした「THE CAMPUS」には、オープン以来、累計約27万名のお客様が来場されています。グリーンや照明、アートのサイズなど、働きやすさやコミュニケーション促進等に関するデータを細かく測定し、常に見直しをかけています。これは「自律協働社会」のワークスタイルや組織の作り方を、社員がお客様の視点に立って空間設計で「実験」する場と言えます。

ロングセラーの「Campusノート」をはじめとする文具では、お客様の声から未充足ニーズを掴み、自分たちで試作品を「実験」し、お客様の使用シーンを観察して磨き上げる文化があります。実はオフィス家具も同様のアプローチでデザインしています。使っている人の立場に立ち、裏側の見えないところこそ丁寧に作り込みます。先にお話しした通り空間設計も同様です。

このような、お客様の「共感」と「共創」の輪を拡げ、「実験カルチャー」を通じて未来を提案し、「体験価値」に落とし込むサイクルを長い歴史の中で回し、事業領域を拡張してきたのがコクヨです。第4次中計では、こうしたグループ共通の強みを「ワクワク価値創出サイクル」として明確に言語化し、そのサイクルを回し「体験価値」提供の領域を拡張していく方針を掲げました。海外でも、「体験価値」で差別化することで、モノだけの競争を回避しながら事業を拡げていくことができると考えています。

製品は事業ごとに異なるものの、「ワクワク価値創出サイクル」という視点で俯瞰して見れば、応用可能な成功事例やナレッジがたくさん埋もれています。そうしたナレッジの事業間連携を駆動力とし、「ワクワク価値創出サイクル」を回すという考え方を埋め込むアップデートを「森林経営モデル」に施した上で、具体的な事業ポートフォリオの変革に向けた方向性を第4次中計に落とし込みました。

第4次中計は、コクヨのポートフォリオを大きく変えていくフェーズ

これまでの事業基盤の強化が着実に進展し業績結果にも着実に成果が表れてきた一方、ポートフォリオはほとんど変化しておらず、海外売上高比率も低位に留まったままです。第4次中計の3年間は、いよいよ本格的にそれらを変えていくフェーズに移行していきます。掲げた方針を着実に実行していき、2027年までに現在のコクヨとは大きく異なる姿をお示ししたいと考えています。成長投資を前中期経営計画の300億円から約700億円に増額し、国内外で既存事業の強化とM&Aによるインオーガニック成長との両輪でその実現を図っていきます。株主価値向上の方向性を株主・投資家の皆様にイメージいただきやすいよう、可能な限り細かく定量目標をお示しするとともに、企業価値向上フレームワークも設定しました。それまでの単年度の営業利益重視から脱却し、投資を促進することで中長期的なキャッシュフロー(≒EBITDA)の創出を重視しつつ、資本コストの低減も強く意識していく方針です。計画最終年の2027年の定量目標としては、売上高は2024年比で27%増となる4,300億円、EBITDAは同39%増の430億円、EBITDAマージンは10%に設定しました。

目標達成に向け、事業内容が異なる4事業の位置付けを、売上成長率と収益性の二軸で明確化し、各事業の方向性と目指すポートフォリオのイメージも明確化しました。そこでお示ししている通り、最重点事業はファニチャー事業となります。当社は、1969年から全国に拡大してきたライブオフィスによって空間構築事業にいち早く進出し、業界トップレベルの空間デザイン力を蓄積してきた自負があります。それを活かし、空間構築と人的資本領域、リノベーション等の上流ニーズへの対応とのシナジーを生み出しながら、「体験価値」を拡張していく考えです。投資戦略も、同事業を中心とする日本の既存事業に力点を置きながらキャッシュ創出力を高め、それをM&Aや新規事業投資等の新たな挑戦の原資としていきます。とりわけ海外事業は重要な挑戦のテーマになります。

海外市場への「体験価値」の拡張

当社が経営資源を集中していくアジア・ASEAN諸国は、経済的に発展を続けているとはいえ、各市場の消費者を理解した上で、独自の付加価値を追求しなければ事業成長に繋がりません。付加価値の一つはコクヨならではの「品質」です。100年間以上、日本でメーカーとしてこだわり続けたモノづくりに対する姿勢は海外でも貫き、ブランドの確立と浸透に努めていく考えです。一方、いかに品質が高くても、日本から輸出するだけでは、やがて価格競争力を失っていくことは明らかです。従って、消費地生産を前提とし自社による生産設備の建設、M&Aや現地パートナーとの連携などの中から、各国市場ごとに最適な選択肢を検討し、それぞれの国に合わせてローカライズした、「体験価値」で差別化を図っていく方針です。具体的な事業別の海外戦略に関しては、CSOの内藤に説明を譲るとし、私は海外展開の柱となるステーショナリー事業に関して、少し戦略の背景をご説明したいと思います。

中国では近年、デザイン性や機能性が評価され、日本製の文具の人気がSNS等を通じて女子中高生の中で広がっています。一方、学習環境は、探求学習や協働的な学び、個別最適化へと多様化が進んでいます。コクヨではこうしたニーズの多様化に応えるため、代理店経由の販売から、ネットを通じた直販や直営店の設置等、DtoCへと切り替えながらエンドユーザーとの顧客接点を拡大してきました。そうした取り組みが功を奏し、2017年から2023年までに年率15%の成長、同期間の粗利率は10ポイントの改善を実現しています。

実はこうした学生向け文具市場は、受験勉強という共通の仕組みがある日本と中国、韓国のみにしか存在せず、グローバルに見てみるとほぼ手付かずの市場です。すでにインドでは、2011年にインド全土をカバーする事業基盤を有するCamlin Limited(現コクヨカムリン)の買収を通じて同国の学生向けのステーショナリー事業を拡大しています。こうした市場創造をASEANに広げていきながら、他に先駆けて海外の事業基盤を整備していく考えです。筆記具カテゴリーを中心にグローバル展開商品の内製率を高め、総合力の強化も進めていき、2027年にはアジアの学生ナンバーワンブランドを目指していく考えです。

グローバルに事業を拡大していく上で、グローバル人材の増強も重要な課題となります。M&Aを通じた現地人材の獲得に留まらず、コクヨの中でもグローバル人材の育成や採用を増強していく方針です。

多様性を原動力に「自律協働社会」へ

私は、常に意識していることが2つあります。一つは、常に客観的な意見に耳を傾けることです。当社は2024年に指名委員会等設置会社に移行しました。グローバル展開の強化に合わせたグローバルスタンダードの経営機構へのシフトに加え、経営の監督と執行の明確な分離による、意思決定の迅速化が目的です。取締役8名中、5名が社外取締役という取締役会では、社外取締役から様々な専門的なご意見や厳しいご指摘を受けますが、すべて真摯にお聞きしています。リスクをとって挑戦する際には、外部の異なる意見が多ければ多いほど、成功の確率は高まると考えているためです。一例を挙げます。第3次中計の成長投資の実績は、300億円の計画に対して110億円程度に留まりました。これは、計画を超えるM&A案件が検討の俎上に載ったものの、バリュエーションの適正性はもとより、投資回収の道筋、PMI等に関し、社外取締役のお力もお借りしながら、多面的かつ細かくリスク分析を行い厳選した結果です。

もう一つは長期的な視野に立って経営を行うことです。それが、すべてのステークホルダーと長期持続的に企業価値を分かち合うために不可欠だと考えています。そうした視座で、長い歴史を持つ組織特有の慣性を取り払いながら変えるべきものは変え続け、守るべきものは守り続けるのが、私の責務だと考えています。お客様の課題解決のための誠実な姿勢で、徹底的に知恵を絞り工夫を凝らす「誠実な変態」と称するコクヨならではのユニークな人材は、当社が持続的に「体験価値」を創造していく基盤として特に大切にしたいと考えています。彼らの意見が尊重され、チャレンジが奨励される環境が保証される、「世界一風通しがよい」文化の醸成に努めていきたいと考えています。

2025年に創業120年を迎えるコクヨは、こうした多様性を原動力として、100年先の社会すらも見据えながら、「自律協働社会」への歩みを進めていきます。今後ともご支援を賜りますようお願い申し上げます。

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