ITに依存する社会の危うさを説く山本氏
IT企業の社長でありながら「IT断食」を唱え、その結果、仕事に無駄がなくなったというのは本当なのだろうか? 興味津々、迎え入れていただいた社長室の壁は、一面全体がホワイトボードになっていた。そこに手書きの文字と矢印が、ところ狭しと並んでいる。
── いきなりの「てがきびと」ですね!
そう、ホワイトボードであることって重要なんですよ。
── どうしてですか?
ホワイトボードに書き込むには立っていなくてはダメですよね。人間、座したままでは考えが固まり、いいアイデアは出ません。立ち上がって、歩き回りながら考えたほうがいいアイデアが出ます。
── なるほど。
だから僕は若い社員にもね、散歩をするように言うのです。会社の周りには歩くのに気持ちのいい通りが一杯あるんだから、散歩しながら考えてこいと。そうやってカラダを動かしていると、脳にも刺激が行くように思います。
社長室のホワイトボードには、手書き文字がビッシリ
── それは同感です、僕も企画が浮かぶのはジョギングの最中が多い。
僕の場合は車の中が多いですね。車を運転するための脳の領域と、思考するための別の脳の領域があって、多分、それが刺激しあうんじゃないかな。
── 運転中に浮かんだアイデアはどうされています? そういうのは、割りと頭の中に残っていたりしますよね。
そうですね。でもたまに、アイデアが溢れ出るときがある。そういうときは車を停めて、ばあーっとメモをとったり。誰かに電話して一気に話して、書き留めてもらうこともあります。
── お話を伺っていると、そうやって浮かんだ考えを手を動かして書き留める、つまり手書きをすることも、きっとカラダを動かしていることの一部なんでしょうね。
これが「『IT断食』のすすめ」の企画書の一部分。
この手書きのまま、出版社へプレゼンテーションしたという
そうです。それに、字を書くということは、書いているその時の記憶まで一緒に書き留めている。だから、後で見直すと、その記憶までフラッシュバックしてくれるのです。
── キーボードを叩いてる場合ではないということですね。
叩いちゃだめです。それをしていては、その記憶や背景にある思いなんて写し取れません。そういったものを挿し込む余地がなくなってしまいます。
── やはり、思いは手で書き留めるに限りますね。
手書きだと、文字や絵が自由に書けます。いや、描けるといったほうが正しいかな。手で書いたものだと絵面(えづら)として残ります。
つもりではダメ!
── 山本さんはバリバリのIT会社社長なのに、ずいぶんアナログに拘っていらっしゃいますね。
デジタルというのは、ネットに繋げば時空を超える力がある、それは便利なものです。だけど所詮、デジタル情報は間引いた情報なんですよ。
── 間引いた情報、ですか?
ドリーム・アーツはパワーポイント禁止
みんなが手書きを大切にすることで、業績も伸びたそう
そのとき、そこには匂いがあったり空気感があったり音があったりノイズがあったり、五感で感じる濃厚な情報があったはずなのに、それは間引かれてしまう。例えば、そこに行かないと、その人に会わないと、自分で触れないと分からないものがたくさんある。だけど、それは伝わらない。余りにITやデジタルにどっぷり浸かってしまうと皆、行ったつもり、会ったつもり、触ったつもり、食べたつもりになってしまう。つもり、つもりばかりで終わってしまう。
── だから、この本、『IT断食のすすめ』を出版されたのですね。
そうです。要するに良質なアナログ時間を作り出すために、そのツールとしてITを使いましょう、という提案なのです。ITを上手く使いこなしている人は、例えば、会いたい人に会う時間を作り出すために、煩雑なそれ以外の用件をデジタルツールでこなします。ところが大抵の人は、便利なはずのITに、いつの間にか縛られてしまっている。
── 本によると社内で飛び交うメールが、その最たるものとのことでしたが。
一応、念のため、という理由で意味のないCcメールがほとんど。本当に読む価値があって、返信する必要があるメールなんてごく僅かしかありません。
── 確かに、朝一番の仕事が溜まっているメールを開くことで、それだけで結構な時間を喰われたりします。
中間管理職なんて大変ですよ。それこそ縦横左右上下からCcメールが届く。本来は仕事上の色んな問題点を把握して、それを戦略から戦術まで落とし込み、先頭切って実践していくポジション。なのにメールを整理するだけでひと仕事。それも単に「こなして、さばいて、いなす」だけ。僕はこれをKSIと呼んでいます。このKSIで他人から評価されることもある。さらに悪いことに、本人までKSIの度合いだけで優れていると勘違いしている場合もあります。
── 本当にITに振り回されていますね。そして、メールに飽きると、今度はTwitterやFacebookをやる。
突き詰めると、人生は何に時間を使うべきかということです。うちの新入社員は10月になって配属先が決まるので、実はまだそんなに忙しくない。仕事は、まだまだ出来ませんから。
── これからの人たちですものね。
そうです。だから僕としては就業時間が終わって自宅に帰ってから、SNSやゲームに耽るクセを付けてほしくないのです。
── なるほど。
そこで毎月4冊、課題の本を読んで1冊あたり1,200字以上の感想文を書いてもらっています。これを6ヶ月の間、続けます。その本も小説から堅い研究書までさまざまで、これまで読んだことがないであろうジャンルも入っています。感想文はデジタル化して社内で閲覧出来るようにしますから、いい加減なことは書けません。
新入社員に与えられる本、ジャンルも様々
浮かんだアイデアはすかさず書き留める!
キーボードを叩いていてはダメ
── 徹底していますねえ。それはやはり、アナログ的思考を忘れるな、ということですね。
集中すること、考察すること。感じたり、創造したり、ひらめくこと。機械ではなく人間にしか出来ないのは、結局そういう部分ですから。
── 山本さんご自身も読書家でいらっしゃるそうですね。
はい、紙のリアルな本が好きです。もちろん電子書籍も読みますよ、持ち運びに便利ですから。でも僕の場合は、付箋を貼り付けたり、書き込みをしたりして、本を汚すタイプ。そうしておくと、そのときの記憶がくっついてくるんですよ、本に。
シャットアウトする時間を持つこと
── 社内ではパワーポイントも禁止、という話をお聞きしたのですが。
いきなりパワポを使うのはダメです。最初は必ず、手でポンチ絵を描け、と言っていますね。パワポというのは、かさ上げして見栄えを良くするためのツールです。それもひとさまのアイデアをコピペしただけなのが多い。最初に考案した人のこだわりや情熱まで、コピーは出来ません。そんなのを社内でお互いに見せ合っても何にもならない。自分の考えをアウトプットする、そのときは必ず手を使え、手で描け、ということです。
── 会議の席でも、最近は各々が自分のノートパソコンを開いて、画面ばかり見ている会社が多いですよね。
あれは最悪ですね。話をしている相手の顔も見ていない。もう会議じゃないですよ。うちの場合は皆、手書きのノートを持ち寄って、デスクの真ん中に大きな紙を置いたり、ホワイトボードに書き込んだりしています。
── やっぱりホワイトボードは必需品ですね。
そうです。ダベリ会でも使います。
── ダベリ会って何ですか?
世界各国から社員が集まった、インターナショナルな社内
2週間に一度、週末に全役員を集めて5時間以上、ただダベりあう。サブジェクト・ミーティングとは違いテーマはない。これは僕にとって非常に大切な会です。その案件に対して社長は突っ張っているけれど常務はそうでもなくて、その背景にはずっと以前のこんなことが影響していて…とかね。話は飛躍するんですけど、そこにひらめきがある。そういう中で、これは!というものをどんどんホワイトボードに書き込んでいく。ロジカルで客観的なレポートではないのですよ。でも余りにそういった削ぎ落としたレポートばかり重視していると、実は断片的なものしか見えて来ない。僕は背景にあるものも引っくるめて、彼らと「あうんの呼吸」でやって行きたい。ダベリ会は、そのための濃密な時間なのです。
── でもそれじゃ、すぐにボードが埋まってしまいそうですね。
そのときは写メに撮ります。僕は実は「今年はこの手帳」と決めても、一度も成功したことがありません。ついつい、あちらこちらにメモをしてしまう。それがどこに行ったか分からなくなる前に、写メに撮っておくのです。
── なるほど、それこそが正しいITとの付き合い方ですね。
これが話題の一冊「『IT断食』のすすめ」
ITに限らず、全てのテクノロジーは人間に牙を剥くものだと思っています。便利で重宝なのは確かですけれど。だけどITは余りに安直なだけに、その影響はシリアスなものです。便利なだけに、副作用の認識を軽く考えすぎているのです。だから、少しはシャットアウトする時間を持ちましょう、ということです。
── なるほど、実際、ITに頼らなくても昔同様に出来る仕事もありますものね。いやむしろ、そのほうが良い効果を生むこともある。
僕は年に300通以上、サンクスメールは手書きで出しています。単にプリントされたものだけではなくて。デジタルだらけの世の中で、かえって目立っているようです。そうだ、次は「手書きを増やそう!」というキャンペーンを、コクヨさん、一緒にやりましょうよ!
山本孝昭
株式会社 ドリーム・アーツ 代表取締役社長
1965年 | 広島県広島市出身 |
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1988年 | 広島修道大学 商学部経営学科卒業 |
1988年 | 株式会社アシスト 入社 大型汎用コンピュータ向けソフトウエア販売担当 |
1993年 | インテルジャパン株式会社 入社 テクノロジ・マーケティング担当マネージャ マルチメディア関連技術のマーケティングと国内の家庭用パソコン市場拡大戦略の立案、実施を担当。 |
1996年 | 株式会社 ドリーム・アーツ 設立 |
<著書/遠藤功氏との共著>
『「IT断食」のすすめ』(日本経済新聞出版社)
『行動格差の時代』(幻冬舎)
IT企業の社長でありながら『「IT断食」のすすめ』の著者、そして提唱者。さらに文部科学省「日中韓等の大学間交流を通じた高度専門職業人育成事業委員会」の委員であり、過去には東京大学工学部の非常勤講師をするなど、幅広く活躍。
てがきびと一覧
- 第15号 「溢れる好奇心を緻密に書く人」山本健太郎
- 第14号 「揺るぎない意志を書く人」小林さやか
- 第13号 「ザックジャパンの真髄を書く人」矢野大輔
- 第11号 「美文字の楽しさを書く人」日ペンの美子ちゃん
- 第9号 「IT依存の危うさを書く人」山本孝昭
- 第8号 「表現の可能性を書く人」ケラリーノ・サンドロヴィッチ
- 第7号 「試し書きで夢を描く人」寺井広樹
- 第6号 「新しいお笑いを書く人」笑い飯:哲夫
- 第5号 「人生の俯瞰図を描く人」松沢哲郎
- 第4号 「脳内のすべてを書き連ねる人」青木淳
- 第3号 「コミュニケーションを図解する人」 多部田憲彦
以下の掲載は終了いたしました。
第1号「こだわりを書く人」 みうらじゅん
第2号「勝利への道を書く人」 田中雅美
第10号「アイデアの源泉を書き出す人」 荻上直子
第12号「超越への道のりを書く人」 片山右京