久しぶりの雨となった土曜日の午後、川崎市の住宅街にあるお宅を訪ねると、2階の彼の部屋に通された。子供らしく様々なキャラクターグッズがところ狭しと並べられている。ベッドの上には今日のために用意してくれた作品の数々。
テレビにも出演したことがあるから顔を知ってる方もいらっしゃるだろう、そこには小学生にしては大柄な(この春からは中学生だけど)、でも顔にはあどけなさの残る山本健太郎くんが待っていてくれた。どうか、よろしくね、と名刺を差し出したら……
文房具はちっちゃいのに、いろんな工夫が詰まってるんです
あ、よろしくお願いします。
── ん? 名刺持ってるの?
うん、どうぞ。
── うわ、全部、手書きだ! お、裏にも手書きで「おせわになります~」だって。それにしても小学生と名刺交換したのは初めての経験だな。
今日、出来上がったばかりなんです。
── そりゃ嬉しいなあ。ありがとうね。ふ~ん、名前は鉛筆の手描きイラストの中に書いてあるし、その上には文房具のイラストも描かれてる。さすが、『文房具図鑑』の作者だけあるな。ねえ、早速だけど例の『文房具図鑑』見せてもらっていいかな?
はい、どうぞ。これがそうです。
── ほう、噂通りの力作だねえ。どのページにも文房具の詳細なイラストとコメントがいっぱいだ。いや、詳細、なんてもんじゃないね。もう微に入り細に入り語りつくしてるって出来栄え。これ、夏休みの宿題として作ったんだっけ?
最初はそんなつもりじゃなくて。ただ、好きだから書き始めたって感じ。
── もともと文房具が好きだったってこと? でも普通、小学生ってさ、キャラクター付きのとか、可愛い文房具が好きなんじゃない?
ああ、僕も2年生くらいまでは可愛いのが好きだったんですけど。
── でも何かのきっかけで、こんなにマニアックに変わっちゃったと。
学校で消しゴムを弾いてぶつけあって、机から落ちたら負け、って遊びが流行ってて。消しピンっていうんですけど。
── ふむふむ。
で、じゃあ一番大きい消しゴムでやってやろうと思って。そこから調べ始めたら、消しゴムや文房具って、いろいろと細かい工夫が詰まってることに気がついたんです。
── なるほど、研究者・山本健太郎の誕生だな。だけど良く夏休みだけで仕上げられたね。
いや、5年生のころから書き始めてたんです。別に宿題にしようとかじゃなくて、ただ面白いから。最初は自分でも、そのうち飽きるだろうなあと思ってたんだけど。
── 飽きることなく、1年近くかけて完成しちゃったわけだ、全部で100ページの大作が。
ホントは1ページ失敗して破っちゃったから、実は100ページにちょっと足りない(笑)
将来の夢はギャグ漫画家になること
── コクヨの文房具もたくさん登場してるね。うわあ、絵もそっくりに描いてある! ええと、これが……
『ミリケシ』、自分でも使ってます。
── なになに、「1mm以下のカドから6mmまでの5つの機能(消しはば)をもつおもしろい消しゴム。ふつうの消しゴムはノートの1行だけ消そうとすると下のだん、上のだんもきえてしまうがコレさえあれば安心」なるほどなあ。このイラストに付いてるキャプションみたいなのは?
6とか5とかカドに書いてある数字は、使って消しゴムが減ってきてもずっと消えないんです。
── へえ。お、こっちはそこの机の上に置いてあるやつだね、『ネオクリッツ』
はい。これも、ずっと使ってるんです。
── ええと、「もう筆箱に使っている人も多いだろう。底に固い物が入っているので、ちゃんと自立し、ペンケースからペン立てになるべんりな筆箱」要所要所に赤でアンダーラインまで付けてるんだ。おや? オマケ情報なんてのも書いてある。
へへ。
── 「このネオクリッツ、筆入れ以外にも、けしょう道具入れなどにも使える」 う~ん、なんだか公式ホームページより楽しめる作りだねえ。それにしてもイラストが上手だね。絵を描くの、好きなの?
幼稚園のときから4コマ漫画描いてて。将来はギャグ漫画家になるのが夢なんです。そこにあるのが、これまでに描いてきた漫画なんですけど。
── ホントだ、何冊もある。「お父さん」シリーズなんてのもあるね。
それは小学校に入ってから描いたものですね。
── ほほう、健太郎くんは博物学者に向いてると思ったんだけど、漫画家もいいかもね。
うん、漫画家になるために、今はGペンやさじペンの練習中です。
── む、すでに本格的。漫画といえばさ、この『文房具図鑑』、途中で漫画っぽいページや、いきなりクイズなんてページも出て来るよね?
自分が面白いと思うものから書き始めていったんですけど、だんだんネタ切れして途中で疲れてきて……あ、ピンチ!って思って作っちゃった(笑)。
── それが構成として生きてるんだよなあ。雑誌でもそうだけどね、ずっと図鑑的なページだけじゃ読むほうも疲れちゃう。ところどころに、こういう息抜きが入ってると楽しめるんだよ。まるで台割があったかのような作りだな。
う~ん、なんか、細かいこと、いろいろ書くのが好きなんですよね。
── もしかしたら健太郎くん、編集者にも向いてるかも。例えば、この学校で使ってるキャンパスノートの表紙にも、書き込みがあるよね?
あ、これですか?
── うん、「算数じゃない、社会だ!! かと思ったらやっぱり算数でした」って。これなんて、読むひとを楽しませたいというサービス精神の現われだもの。
あはは。これはホントに算数のノートがなくなっちゃったって思って、あせって探してたら実は算数のだったんです(笑)。
僕、メモ魔なんです
── ところでさ、てがきびととしての質問なんだけど、こうやっていろんな作品見てると、健太郎くんは細字のペンや硬めの鉛筆なんて好きじゃないでしょ?
うん。昔は鉛筆ってHBが多かったらしいんですけど、最近の子供は筆圧が弱いから2Bとかが多いんですって。
── こりゃまた専門的なご意見。で健太郎くんは?
僕は筆圧強いんですけど、逆に3Bとか4Bとか使うのが好きなんです。ペンでも細字だと紙に引っかかる気がするし。ガッガッって書きたいの。
── 分かるな、それがキミの手書きの味になってるもの。でもパソコンやスマホにはまったく興味がないの?
そんなことないです。文房具のこと調べるのにネット使ったりもするし。
── だけど、てがきびと。
僕ね、メモ魔なんです。いつでもほら、こんなメモ帳持ち歩いてて、すぐにメモするんです。メモ帳がないときは腕に書いたりして。そんなとき、手書きのほうが早いもの。
── う~ん、メモ魔であり、研究者であり、編集者でもある健太郎くんの手書きの力作、『文房具図鑑』をもっと多くの人に見てもらいたいなあ。と思ったら、もうすぐ本として出版されるんだって?
はい、そうなんです。
── ほぼ、この形のまま、出るのかしら?
そう。ただ、新商品になってデザインが少し変わってたり、値段が変わっちゃったものは新しく書き直してます。今、出版社とそのやりとりをしてるところです。
── 手書きの作品が、そのまま本になる! いいなあ、楽しみだなあ! あ、そういえばさ、夏休みの宿題としての学校での評価はどうだったの? 大賞なんてもらってたりして。
う~ん、それがですねえ……
── え? もらえなかったの? こんな力作なのに?
これって「社会」って宿題の範囲には入らないんですって……
あらま。意外なオチがついちゃったけど、果たして将来はどんな人生を歩むのか、とっても楽しみな健太郎くんである。そのまま、好きな道を歩んでいくんだよ、ね?
山本健太郎
平成15年5月6日生まれ。1年近くかけて手書きでつくった「文房具図鑑」がニフティの「デイリーポータルZ」で取り上げられて話題に。その後、テレビやラジオに出演するなど注目を集めている。
<出演した主なWEBサイト・番組>
ニフティ「デイリーポータルZ」、TBS「白熱ライブビビッド」、日本テレビ「スッキリ!!」「ズームイン!!サンデー」「所さんの目がテン!」、ニッポン放送「戸田恵子オトナクオリティ」
てがきびと一覧
- 第15号 「溢れる好奇心を緻密に書く人」山本健太郎
- 第14号 「揺るぎない意志を書く人」小林さやか
- 第13号 「ザックジャパンの真髄を書く人」矢野大輔
- 第11号 「美文字の楽しさを書く人」日ペンの美子ちゃん
- 第9号 「IT依存の危うさを書く人」山本孝昭
- 第8号 「表現の可能性を書く人」ケラリーノ・サンドロヴィッチ
- 第7号 「試し書きで夢を描く人」寺井広樹
- 第6号 「新しいお笑いを書く人」笑い飯:哲夫
- 第5号 「人生の俯瞰図を描く人」松沢哲郎
- 第4号 「脳内のすべてを書き連ねる人」青木淳
- 第3号 「コミュニケーションを図解する人」 多部田憲彦
以下の掲載は終了いたしました。
第1号「こだわりを書く人」 みうらじゅん
第2号「勝利への道を書く人」 田中雅美
第10号「アイデアの源泉を書き出す人」 荻上直子
第12号「超越への道のりを書く人」 片山右京