その人は、夢を手で書き実現する。「てがきびと」

第12号 「超越への道のりを書く人」片山右京

次から次へと新たなる挑戦を続ける。そこにある限界を超越するために、何冊ものノートがありました。


第12号 「超越への道のりを書く人」片山右京
僕は本当に忘れん坊なんです

僕は本当に忘れん坊なんです

「こんにちわ、今日はよろしくお願いします」
約束の時間にはまだ早いからと、建物の前で待っていたスタッフに気軽に声をかけてきたのは、誰あろう現役時代にそのアグレッシブな走りで『カミカゼ・ウキョウ』と称された片山右京さんご本人。そんな呼び名とは裏腹に、腰が低く気さくな人なのだ。

ノートは何冊もあるんだけど、とりあえず、こんなのを持ってきてみました。

── ありがとうございます。ノートに関しては何か、こだわりがあります?

いや、僕は特にどのノートじゃなければいけない、なんて決めていないんで。手近にあるものを何でも利用して書いてしまうんです。場合によっては、ノートじゃなくて、ラジオやテレビの進行表や原稿の裏なんかに思ったことを殴り書きしちゃいますから。

きっかけは忘れ物をしないため

自転車で走ったコースやタイムが書かれていたり

自転車で走ったコースやタイムが書かれていたり

僕はパッと「コレを用意しておかなきゃ」と考えが浮かんでも、すぐに忘れてしまうんです。だから書き出した最初のきっかけは、忘れ物を防止するためかな。

── えっ、意外ですね。レーサーの人は、何年のどこのレースでというと、みんな克明に周回のことを覚えているじゃないですか。

そういうことは忘れないですね。ドライバーはレースに出てクルマを走らせる表の顔以外、開発にも関わって、マシンを作り上げていくという仕事もあります。そのために、僕も走っていたときに感じたことやフィーリングをエンジニアに伝えなくてはいけない。だから、降りた途端に走り書きしていましたから。あ、そう言われれば、筑波のガレージに住み込んでいた時代から、てがきびとだったんだ、いま思い出した(笑)。

── 確かにレースは、ドライバーだけでは走れないですからね。

そうなんです。どこのコーナーでハンドルを左に切ったときに、右リアのサスペンションがこんな感じで……というのを書き留めておかないと伝えられない。それを聞いたタイヤやサスペンション、その他の担当者が、その瞬間にマシンでどんなことが起っているかを、コンピュータに記録されたパラメータなんかで解析するんです。それでセッティングを変えたり、改良をしたりするわけです。

F-1解説のときのメモ書きがあったりする

F-1解説のときのメモ書きがあったりする

── 一般の人は、レーシングドライバーのそういった役割をなかなか理解していませんよね。

実はそっちのほうが、仕事の大部分を占めるんですよ。だからノートに書き留めるのは、自分のアナログなフィーリングをデジタル化するための中間手段なのかな。クルマを降りた直後は興奮していて考えもまとまらないんです。だから一定の時間を置いて、冷静になったときにアナリストやエンジニアと話すために、いつもノートを持っていて殴り書きしていくんです(笑)。

── 文字や文章にすると、漠然としていた感覚や気持が整理できますよね。

あ、僕の中でもそれが一番感じる部分ですね。明文化するのは、考えや気持を整理するのに必要なことです。

「カミカゼ・ウキョウ」がカッパを忘れないようにとは…

「カミカゼ・ウキョウ」が
カッパを忘れないようにとは…

── では、ノートの中身を見せてもらっていいですか?

本当に殴り書きだし、字も汚いから恥ずかしいんだけど……どうぞ。

「これはラジオの原稿ですね」。どんなものにも書き留める

「これはラジオの原稿ですね」。
どんなものにも書き留める

── この大きく書いてある「カッパ」というのは……。

雨合羽ですよ(笑)。これは、山に行くときに忘れないようにと、こんなに大きくね。
登山に行ったときは、テントの中でそのときの雑感みたいなことを書き留めることもありますね。標高が高いと酸素が薄いんで、思いついたことを忘れやすいですから。降りてきてからフェイスブックなんかに載せるための下書きですね。

自分の心の中を書き出す、という行為

── 確かに酸素が少ないと、脳の働きが悪くなりますからね。

確かに心の中をのぞいているようだ

確かに心の中をのぞいているようだ

そうなんです、先輩たちからは「酸素が薄いからラリってるだけだよ」と言われるんですが、ここ4年くらいは「人間が生まれてきた理由」とか、「何のために生きるんだ」、なんてことを考えて書き留めたりしていますね。読み返すと自分でも恥ずかしいような言葉が書かれているんですけど(笑)。

ノートを見られるのは、恥ずかしいなあ

ノートを見られるのは、
恥ずかしいなあ

── でも、片山右京という外見的な器ではなく内面、気持を整理するにも必要な作業ですね。

行動や活動の軸がブレないようにするためにもね。自分の心の中をさらけ出して、もう一人の片山右京がそれを客観的に見ているという感じもあるかな。
だから、ノートを見せるのは僕の頭の中ではなくて、心をのぞかれているようで、なんだかホントに恥ずかしいなぁ(笑)。

── ほとんどが赤いボールペンで書かれていますけど、何か意味があるんですか?

ああ、それも恥ずかしいんだけど、フジテレビのF-1の解説のときに置いてあるボールペンなんです(笑)。ほかの人は黒や青を使っちゃうから、残っている赤をもらってきているので、とくに意味はないんですよ。筆記具に関してもこだわりがなくて、手近にあるものなら何でも使っちゃう。道具に凝るということがないんです。もらう本数が増えるもんだから、ずっと持っているだけですね。

── F-1解説もやっぱり独自のデータノートなんか作りますか?

事前に情報を集めることはあるけど、大変なのは実際の実況が始まってからですね。モニターに映る上位7台くらいの各選手のセクターごとの通過タイムにラップタイム、各車の差、それにピットストップ時間なんかをメモしていきます。
そのうえでアナウンサーの質問に応えたり、流れてくるチームラジオ(無線)を日本語にしてしゃべったり、次のピットストップのロスで誰がどれくらいの位置に入れるかを予測したりで、一度に4~5つのことをしなくちゃいけない。その作業をするためには、手書きじゃないと間に合わないんです。

── さすが時速300kmの世界を駆け抜けていた人。ドライビングと同じで、瞬時にいくつもの情報を頭の中で整理して解説をしているんだ。

出場した自転車のレースの雑感だ

出場した自転車のレースの雑感だ

いや、それほどでもないけど(笑)。さっきも言いましたけど、僕は忘れっぽいからメモを残さないとダメなんです。

ノートは分けていない、それが発想につながる

── 右京さんは自転車のロードレースにも出場していましたけど、トレーニング記録なんかも付けていました?

はい。自転車に関しては、わりときれいに書いていますよ。走ったコースやギア比、タイムや心拍数なんかをこまめに付けていましたね。LSD(ロング・スロー・ディスタンス)トレーニングを積み重ねていけば、体脂肪率がどれだけ変化していくとかも日記的に書き込んでいました。
どんなトレーニングすれば、どんなふうにカラダや感じ方が変わっていくか、やっぱり記録しておかないと、何の効果でそうなったのかがわかりませんから。

── 以前に、会社に行く前に自転車で100~150km走ったり、富士山に登ってから来たりするという話をしていましたけど、今も続けているんですか?

これはトレーニング記録

これはトレーニング記録

今は立場がマネージメントサイドになったから、ここ2年はまったくやってません! っていうのが正直なところ。ただ、今度、大会のエキシビションレースに出なきゃいけないからお腹が出ていると格好が悪いと思って、この2週間、トレーニングし始めたら、今日も筋肉痛で~す(笑)。

── 右京さんでも筋肉痛になるんだ(笑)。
ところでマネージメントという言葉が出たけど、チーム監督や会社の代表になると、スポンサーに対して運営や経営の事業計画を作って提出しなければいけないと思いますが、そのアイディアなども手書きで?

そうですね、「今年はこうするぞ!」とか「今度はこれをやる!」というのをやっぱり殴り書きにして(笑)。自分の記録用に、多少はノートパソコンで構想をまとめたりするけど、ほとんど、それぞれの担当者や事務方の人に任せて、見栄えのする書類に仕上げてもらっています。任せちゃったら、僕はそれをチェックするだけです。

── ノートは記録する事柄ごとに分けているんですか?

ある程度は決めているんですけど、さっきも言ったように思いついたことをパッと書き留めるから、一冊に何でも書いちゃいますね。それを読み返していると、まったく別の発想がひとつにつながったりすることもあるんです。

── なるほど。最後に手書きの良さって何でしょう?

デジタルだと何かの拍子に消えることあるし、記憶も変わってしまうでしょ。その点、自分がリアルに手で書き留めたものは、書いた時の気持まで思い出せるんです。デジタルにも良さがあると思いますけど、やっぱり、手書きの文字のリアルさにはかなわないと思います。

── 確かにいろんな発想をまとめるには、意のままに動く手を使ってリアルな気持を書き出すのが一番ですね。今日は本当に、ありがとうございました!

2014年10月30日

片山右京

元F1レーサー/登山家/自転車競技選手

1983 年、FJ1600 筑波シリーズでレースデビュー。同年同シリーズでシリーズチャンピオンとなる。1992 年から1997 年にかけてF1 レースに参戦。1994 年には、当時の日本人予選最高である5 位を獲得する。怖いもの知らずで走る姿は「カミカゼ・ウキョウ」と呼ばれる。F1 引退後はル・マン24 時間レースやダカールラリーなどに参戦。また、数々の自転車レースに参戦するほか、登山家として世界の明峰への登頂記録をもつ。主な著書に「片山右京story 地上最強のスポーツF1 への挑戦」「負け、のち全開(フルスロットル)」「自転車会議!なぜ、各界のトップランナーは自転車を選ぶのか」などがある。また最近では、スマホ向け放送局“nottv” の「F1速報TV」でメインMCを担当。詳しくはhttp://tv1.nottv.jp/variety/f1tv/ まで


1997 年F1 日本GP