
黒田社長(以下、黒田):
本日はお忙しいところ、また遠いところ、お越しいただきまして誠にありがとうございます。
アメリカはユニバーサルデザイン(以下、UD)発祥の地です。今日は日本でUDに取り組んでいる私たちに、皆さんのご経験をお話いただき、勉強をさせていただきたいと思っております。 |
パトリシア・ムーア氏(以下、PM):
私が今の仕事をするようになる背景には、私の生い立ちが深く関係しています。長い間、祖父母と一緒に暮らしてきました。年を経る毎に日々の生活にすら不便を感じざるを得ない祖父母の様子を間近に見ていたのです。デザイナーになってすぐ、私は彼らに対してできることがないか、模索し始めました。当時、デザインの現場では「高齢者」に基準を合わせた試みは皆無で、周囲のデザイナーや建築家の意識をも変えるような取り組みをしたいと思うようになったのです。
まずは高齢者に対する周囲の反応を知ろうと思いつきました。テレビ局のメークアップアーティストに頼んで、80歳くらいの老女に見えるよう変身したのです。見かけだけでなく、さまざまな器具を使って高齢者の不便さを実感できるようにしました。それからの3年間、私はその外見でアメリカ・カナダを旅しました。この旅を終えた時、私は何らかの事情により身体能力が低い人に対してこそ、デザインの力を発揮すべきだと確信したのです。高齢者だけでなく、車椅子の方、生まれつき目が不自由な子どもたちに対して、デザインで解決できることがたくさんあるということを身を以って知ることができました。 |
モーリー・ストーリー氏(以下、MS):
私の場合は、実際に商品を開発すると同時に、大学で生徒にデザインを教えるという立場にありました。教育に携わるようになってすぐ、生徒たちが自分のためにだけデザインをしているということに気がついたのです。自分自身の殻から生徒たちを引き出し、自分以外の誰かのためにデザインをするべきだ、と教えたのです。そして次第に子どもたち、高齢者のことも視野に入れて考えるようになりました。
しかし、当時の私は「特別な人たち」には「特別な製品」を提供するという考え方から、なかなか抜け出せませんでした。ひとつの製品をすべての人が使えるようにする、という発想が全くなかったのです。そんな時、幸運にもノースカロライナ州に移ることができ、ロン・メイス氏(※1)に出会って、私の人生は大きく変わりました。UDのコンセプトに出会ったことで、私はもともと持っていた考えを大きく飛躍させることができたのです。その後、UD7原則(4ページ参照)の開発に携わるまでになりました。 |
黒田:
私たちもUD7原則を応用してモノ作りをしている企業のひとつなのですが、コクヨの場合は、創業時から受け継がれた「良品廉価」の思想が大きく影響しています。
コクヨは1905年に私の祖父がスタートさせた会社です。当時の祖父はお金もなければ教育もなく、一緒に協力してくれる友人もない、という状況でした。ただ強く信念として持っていたのは「お客さんが喜ぶ商品を作りたい」という思いだったのです。最初に極めたのは帳簿の表紙です。今は堅い紙がいくらでもありますが、当時は薄い紙を5枚貼りあわせて作っていました。いわば1つの商品の中でも陽のあたらない一部分から事業をスタートしました。今では会社もずいぶん成長し、大きくなりましたが、商品の目立たない部分部分についても、お客様のことを第一に考え、お客様が喜んでいただける良いモノを作ろうという風土は、創業からの約100年の間、変わることはなかったと思います。「良品廉価」、すなわち良いものを少しでも安く提供することに我々は没頭してまいりました。
21世紀のコクヨは売上で世界を目指すのではなく、顧客提供価値が1番高い会社を目指していきます。顧客の価値はどんどん多様化していますが、「良品廉価」の考え方は失ってはいけないと思うのです。そんな訳で、我々は商品開発のベースをUDに据えようと思っているのです。 |
PM:
今、非常に大事な点を黒田社長がご指摘になりました。人間はこの世に生を受けてから、その人生の幕を閉じるまで、デザインと無縁ではあり得ないのです。また、その過程にあるあらゆる人々のニーズに、デザインを提供する側が注目している、ということを知ってもらうことがUDの第1歩ではないでしょうか。 |